著者のリチャード・フォードはレイモンド・カーヴァーと並ぶ短編の名手と言われ、現代アメリカ文学を代表するひとり。
ブルース・スプリングスティーンもコーマック・マッカーシーとともに愛読している作家として名前を挙げている。
ただし、日本ではカーヴァーやマッカーシーに比べて知名度が低く、翻訳されている作品もこれ一冊しかない。
本書に収録されている短篇10本は、すべてフォードが暮らしていたモンタナ州が舞台である。
それぞれの作品に直接の関連性はない。
広大な山河、釣りや狩り、鉄道や農家、ひなびたバーなど、この州独特の景観や風物が共通のファクターとなっている。
巻頭の短篇のタイトル『グレート・フォールズ』はモンタナにある規模の小さな一都市の名称。
人口5万人程度の田舎町ながら、町を貫く大きな川と5つの滝からこの壮大な名が付けられたという。
ストーリーは主人公の「私」が13~14歳のころ、自分の家庭に起こった〝事件〟。
これは楽しい物語ではない、という書き出しで、休日のたびに父親に連れられて鴨狩りや鱒釣りに出かけていた思い出を語るところから始まる。
父は腕がよく、いつも大量の獲物を市内のホテルのレストランで売りさばいては生活や小遣いの足しにしていた。
その日も鴨を30羽仕留めた父は、ホテルの裏口で取引を終え、いつもならその足で空軍基地の近くのバーに寄り、一杯引っ掛けて帰るのが習慣だった。
しかし、父はその日に限って、真っ直ぐ家に帰ろうと言い出す。
2羽だけ手元に残した獲物の鴨を見せて、今夜はお母さんを驚かせてやろう、と。
そして、帰り着いた家には見知らぬ若い男がいた。
父は母に愛人がいるのではないかを疑っていた、その現場を突き止めるため、わざと予定を変えて早めに帰ってきたのだ、ということを、「私」はすぐさま理解する。
すべてが明らかになり、旋風のような修羅場が過ぎ去ったあと、父は「私」に詫びる。
こんなところをおまえに見せるんじゃなかった、おれにもどうしたらいいかわからなかったんだ、と。
ここに収められている短篇はすべて、こういう人生のつらく、厳しく、忘れようとしても忘れられない酷薄な出来事ばかりが綴られている。
一篇ずつ読み終えるたび、ここに登場する人間たちの背後にある荒涼とした自然、代わり映えしない田舎町に吹きつける冷たい風が感じられる。
そうした乾いたタッチ、突き放したような描写の中にも、しかし、どこか心に染み渡るものがあるのだ。
出世作”The Sportswriter”(1986年)を読んでみたいが、訳書が出ていないのはまことに残念。
旧サイト:2014年12月20日(土)付Pick-up記事を再録、修正
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