あっ、これはヴィム・ヴェンダース版現代の『東京物語』だ。
小津安二郎の『東京物語』(1953年)を観た経験があり、ヴェンダースが小津を敬愛していて、多大な影響を受けていると知っている僕のようなオールドファンなら、上映開始後間も無く、そのことに気がついたはずである。
役所広司演じる主人公・平山(『東京物語』で笠智衆が演じた主人公と同じ名前)は、渋谷区の公共トイレを掃除して回る清掃人。
東京スカイツリーの見えるひなびたアパートで暮らす独居老人で、早朝から道路の掃き掃除の音で目を覚ますと、歯を磨いて髭を剃り、清掃用の作業着に着替え、自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、中古のダイハツ・ハイゼットカーゴを運転して渋谷区のトイレに向かう。
最初の重要なポイントは、主人公・平山が毎日髭を剃り、ハサミで口髭の形を整えていること。
僕自身は一日置きにしか髭を剃っておらず、だから実感としてわかるのだが、平山は職業上、トイレで様々な利用者と遭遇するため、常に清潔感を保つことを自らに課しているのだろう。
カーゴでの移動中、平山はカセットテープでお気に入りの音楽をかける。
早朝の出勤タイムにふさわしいアニマルズの『朝日のあたる家』をはじめ、ルー・リード、パティ・スミス、ローリング・ストーンズなどなど、ヴェンダース自身が厳選を重ねたという昔懐かしのナンバーが、61歳の僕の耳には心地よい。
ランチタイムになると、平山は神社の境内に行き、コンビニで買ったらしいサンドウィッチを頬張る。
ここでオリンパスのカメラを頭上に向け、美しい木漏れ日のショットを撮るのが平山の日課だ。
仕事を終えた後は、自転車で銭湯へ行き、ゆったり汗を流すと、浅草の駅地下にある行きつけの居酒屋で酎ハイのグラスを傾ける。
銭湯の脱衣所でNHKの大相撲中継の音声が聞こえ、居酒屋ではテレビで巨人戦のナイター中継を流しているのが、個人的にはちょっとうれしい。
畳に敷いた敷布団に横たわり、就寝前に読む文庫本はウィリアム・フォークナーの『野生の棕櫚』、幸田文の『木』。
主人公と同じ老境にあり、職業こそ違えど、毎日懸命に働いている僕にとっては、そうした生活のディテールのひとつひとつが胸に染み入るように伝わってくる。
そうした静かな日々の最中、平山の心をざわつかせる〝事件〟が発生。
様々な葛藤を経たのち、老境に入った俳優・役所広司がエンディングで見せる表情の変化が何とも味わい深く、清々しい印象を残す。
オススメ度A。
A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑