『文学賞殺人事件 大いなる助走』(WOWOW)🤨

129分 1989年 東映クラシックフィルム

映画監督・鈴木則文の没後10年企画として、今月7日にWOWOWで初放送された1989年作品。
原作者・筒井康隆のファンだったから、劇場公開時に観に行きたかったのだが、当時は日刊現代スポーツ部で巨人担当を拝命したばかりで、とても映画館に足を運ぶ余裕がなかった。

原作小説の方は高校時代か浪人生時代、ハードカバー版で読み、大変衝撃を受けたことを今でもよく覚えている。
地元の同人誌に参加した主人公が、自分の勤める大企業の内幕暴露小説を書き、直木賞をもじった直廾賞(映画版では直本賞)の候補となるが、あえなく落選してしまい、逆上したあまり選考委員を次々に殺していく。

原作の最初の読みどころは、主人公が所属する地方都市の同人誌の実態。
やたらとプライドばかり高く、他人の作品を貶しては悦に入っているメンバーの描写が実に生々しく、映画版では主催者を蟹江敬三、嫌味ったらしい同人を石橋蓮司が面白おかしく演じている。

そうした先輩たちに伍しながら、内幕暴露小説を書く主人公が佐藤浩市。
彼がナレーションで語る「同人誌の作家など、世間的には何もしていないのと同じだ」というフレーズは原作にも書かれていて、初めて読んだ10代の頃、心にグサリと突き刺さってきたものだ。

これを現代風にアレンジすると、「SNSやブログに自己満足の文章を綴っているだけの物書きなど、世間的には何もしていないのと同じだ」ということになろうか。
僕は当時から作家志望だったので、文章で食べていくからには、いくら立派な作品を書いてもアマチュアでは意味がなく、少々世間の顰蹙を買うようなライターであってもプロにならなければならない、という意識を『大いなる助走』によって強烈に意識させられたのである。

直本賞候補となった主人公は、賞を取りたいなら選考委員の大先生たちに対して事前運動をしなければならない、と文芸誌の編集者や怪しげなブローカーから耳打ちされる。
このあたりが中盤の見どころで、個別に選考委員に会うたびに土下座したり、なけなしの貯金をはたいて賄賂を渡したり、愛人の人妻を提供したり、さらにはゲイの選考委員におカマを掘られたりと、ほぼ原作通りとはいえ、今にしてみると、あの佐藤浩市がよくこんなことまでやったなあ、と思うような描写が延々と続く。

しかし、散々屈辱を舐めさせられた末、直本賞は『ベッド・タイム・エイズ』というどこかで聞いたような題名の小説を書いた若い女流作家にさらわれてしまった。
かくして、激怒した主人公がショットガンを抱え、選考委員たちを撃ち殺して回るクライマックスに突入する。

原作が筒井康隆なので、ストーリーやディテールの面白さは申し分ない。
主人公が最初に同人誌に持ち込む処女作のタイトルが『最後の喫煙者』という筒井が実際に書いた短編だったり、筒井本人が文壇バーの客として登場し、「SF作家は差別されている」と声高に訴えたりと、筒井ファンなら思わずニヤリとしてしまう楽屋落ちネタも盛り込まれている。

ただし、この映画版が面白いと思えるかどうかは、観た人によって大きく分かれるでしょう。
原作はブラックユーモア小説であり、徹頭徹尾乾いたタッチで書かれているのに対して、鈴木則文は人情喜劇を得意としていた監督だから、原作と同じ場面を同じ内容で映像化していても、どうしても上滑りしているように見えるところが少なくないんだよね。

オススメ度C。

A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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