サブタイトルにもある通り、メジャーリーグ史上初(正確にはメジャーで人種隔離がルール化された1900年以降初)の黒人選手、ジャッキー・ロビンソンの自伝。
メジャーではシーズン中の4月15日、ロビンソンの背番号42番がこの日MLB全体で永久欠番となったことを記念し、毎年全選手が42をつけてプレーする〈ジャッキー・ロビンソン・デー〉が行われる。
そのたびにNHKのテレビ中継内で紹介されているので、日本でもロビンソンの名前と功績はよく知られている。
10年前にはハリウッドで、カリスマ的人気を誇った黒人俳優チャドウィック・ボーズマンがロビンソンを演じた伝記映画『42〜世界を変えた男〜』(2013年)も製作され、米本国では大ヒットした。
ただ、野球の枠組を超えた社会的、国際的な背景を持つ人物だけに、映画やドキュメンタリーでは一野球選手以上に、歴史上の人物として偶像視して語られることが多い。
そのため、僕のような日本のファンにとってはいまひとつ実像が掴みにくかった。
そうした漠然とした疑問に答えてくれたのが、ロビンソン自ら著した本書である。
1945年、周囲の反対を押し切ってロビンソンと契約したブルックリン・ドジャース会長ブランチ・リッキーは、人種の壁を打ち破ったパイオニアとして称賛されている半面、実際は抜け目のないビジネスマンでもあった。
当時、白人客が大多数を占めていた観客動員数が頭打ちになっており、リッキーは球団の収益を上げるためにニグロリーグの人気選手を引き入れ、黒人客を球場に呼び寄せたかったのだ。
そういうことなら僕も常識的な知識として知ってはいたけれど、ロビンソン自身の冷徹な言葉できっちり指摘されるとやはり重みと説得力が違う。
リッキーとしては、ロビンソンの加入が火種となって白人選手との間に内紛が生じたり、スタンドで白人客と黒人客が喧嘩したりしては困る。
そこでリッキーは、ロビンソンがドジャースの選手としてプレーする前、彼がグラウンドで遭うだろう様々な差別や嫌がらせのリハーサルを行い、自らロビンソンに嫌味や悪口雑言を浴びせては、「どうだ、こんなことをされても耐えられるか」と聞く。
さらにリッキーは、「右の頬をたたかれたら左の頬を差し出せ」という聖書に書かれたキリストの教えを実践するようにとロビンソンを説得。
しかし、ロビンソン自身はまったく逆のタイプで、殴られたら躊躇せず殴り返すような人間だったと、軍隊時代に受けた差別に対して断固たる抗議を行ったエピソードを明かしている。
むしろ喧嘩っ早かったロビンソンが、メジャーでの辛さ、悔しさをどうにか押し殺すことができたのは、もし自分が失敗したら、後に続く黒人選手がメジャー入りする可能性を閉ざしてしまうことになりかねない、という責任感ゆえだった。
などと書くと、ロビンソンがいかにも使命感に燃えたヒーローだったようだが、自分で自分にそういう社会的役割と大義名分を科していなければ、とても毎日のしかかってくるプレッシャーと不愉快な思いに耐えられなかったのだろう。
本書にはそうしたロビンソンの内心の葛藤が延々と綴られており、読み進めているうちに息苦しくなるほど。
リッキーからドジャース会長の座を引き継いだトーマス・オマリーは、巨人のベロビーチキャンプ(1961年)に協力するなど、大変な親日家として知られていた半面、実は徹底した差別主義者で、黒人選手を毛嫌いしていたとロビンソンは明かしている。
そんな辛酸を舐めた選手時代の回顧は本書の前半で終わり、後半は現役引退後、黒人社会の代表的スポークスマンとしての政治・経済活動に移る。
ケネディ、ニクソン、マーティン・ルーサー・キング、マルコムXなど、ロビンソンが政治家・活動家と交流し、議論を戦わせる場面が連続するあたり、大変興味深い。
しかし、ニューヨークのハーレムに初めて黒人ための銀行を設立した際の内幕にまで言及されると、もはや野球の本とは言い難く、日本ではついていけなくなる野球好きの読者もいるだろう。
また、ベトナム戦争時代、徴兵を拒否したモハメド・アリと繰り広げた論戦にまったく触れていないのも残念。
野球では苦労が報われ、栄光に満ちていた一方、家庭生活は順風満帆だったとは言えず、ベトナム戦争に従軍した長男ジャッキーJr.は麻薬中毒になり、売人に身を落として逮捕され、刑務所に服役。
ロビンソンは息子を再起させようと更生施設に入所させ、自ら麻薬撲滅運動にも積極的に関わり、その甲斐あってジャッキーJr.がようやく麻薬中毒を克服し、社会貢献活動に打ち込むようになった矢先、24歳の若さで交通事故死してしまった。
このくだりでは、妻レイチェルの受けたショックや葬儀の具体的な描写も含め、実に赤裸々に綴られている。
ちなみに、ロビンソン自身も1972年、本書を書き上げて間もなく、53歳の若さで病死した(邦訳は他界して2年後に出版されている)。
本書の終盤には糖尿病で失明寸前にあったことも明かしており、すでに死期を悟っていたのかもしれない。
だからこそ、敬虔なクリスチャンだったロビンソンは、ジャッキーJr.のことを詳細に書き残し、息子が社会の役に立つ人間となったことをファンに伝え、彼の魂を救おうと考えたのだろうと思う。
本書は現在入手が難しく、僕は神田のスポーツ古書店ビブリオで購入した。
邦訳発売から70年後、大谷翔平をはじめとする日本人選手が大活躍している今日、新訳での復刻を望みたい。
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