ビル・マーレイといえば、僕の世代の映画ファンにとっては『ボールズ・ボールズ』(1980年)、『パラダイス・アーミー』(1981年)、『ゴーストバスターズ』(1984年)などに出ていた〝そこそこのコメディアン〟という印象が強い。
同時代にジョン・ベルーシやエディ・マーフィがいたため、日本ではいまひとつインパクトや人気度に乏しかった感がある。
しかし、そのマーレイが64歳で演じたこのコメディ映画の主人公、ベトナム帰還兵のプアホワイト(=負け組、いまで言えばいかにもトランプを支持しそうなタイプ)、ヴィンセントのキャラは実に強烈だ。
ダイナーのカウンターで老夫婦につまらないジョークを言いながら、タバコを吹かし続ける表情がアップで映されるオープニングからしてかなりの迫力。
妊娠中で腹ボテの売春婦ダカ(ナオミ・ワッツ)とセックスしたあと料金を値切ってとっちめられたり、飲んだくれてひとり暮らしの家に帰ったらキッチンで転んで顔面から出血したまま酔い潰れて眠ってしまったり。
おまけに毎日のように競馬場(ニューヨーク州エルモントのベルモントパーク競馬場)に通っては金をスり、借金まみれになっている。
そんなヴィンセントの隣に越してきたのが、シングルマザーの医療技術者マギー(メリッサ・マッカーシー)とその息子オリヴァー(ジェイデン・リーベラー)。
マギーは夫と離婚調停中で、オリヴァーの親権を確保するためにもしっかり稼がなければならず、転職したばかりの病院で残業を命じられたら逆らえない。
学校の授業が終わってもオリヴァーの迎えに行けないマギーは、仕方なくヴィンセントにシッターを依頼する。
転校したばかりのオリヴァーはいじめにあっている最中で、見かねたヴィンセントが軍隊で覚えた格闘術を教えているうち、次第に心を通い合わせるようになってゆく。
やがて、ヴィンセントにはアルツハイマー病で介護施設に入れている妻がいること、入院費を滞納してその施設を追い出されそうになっていること、さらにマギーとオリヴァーが実の親子ではないことがわかってくる。
そうした中、オリヴァーがヴィンセントに教えられた格闘術で喧嘩騒ぎを起こし、マギーはいったんオリヴァーをヴィンセントから引き離すことを決意。
その直後、ヴィンセントは脳卒中を起こして昏倒、マギーが勤務している病院へ担ぎ込まれてしまった。
次から次へとトラブルが起こる中、オリヴァーは神父の担任教師(クリス・オダウド、こちらはいまで言えば嫌々ながらもバイデンを支持するタイプ)に「私の聖人(セイント)」という宿題を与えられ、卒業前の発表会で紹介するようにと告げられる。
しばらくヴィンセントと距離を置いていたオリヴァーが、ある日の夜、ヴィンセントのゴミ箱から昔の写真や妻の思い出の品を見つける場面がいい。
これを見てヴィンセントの過去に興味を抱いたオリヴァーは、「私の聖人」の題材にするべく、自らヴィンセントの知人友人に話を聞いて回ると、意外な事実が浮かび上がってくる。
オリヴァーが少々良い子過ぎるのがご都合主義的に見えるものの、こういう家族を題材としたコメディードラマはアメリカ映画ならではで、古き佳き時代からの伝統も感じさせる。
監督、脚本を手がけたセオドア・メルフィは本作が処女作だそうだが、様々な要素を詰め込みながら、一つ一つのディテールを丁寧に描き、随所で笑わせ、最後は泣かせて、1時間40分にまとめあげているのはお見事の一語。
クライマックスは本当に泣けた。
エンディングで流れる〝ノーベル賞シンガーソングライター〟ボブ・ディランの『嵐からの隠れ場所』(1975年、”Shelter from the Storm”)もドンピシャリ!
オススメ度A。
A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑
旧サイト:2016年12月20日(火)付Pick-up記事を再録、修正