米本国での劇場公開時、第86回アカデミー賞レースで作品賞や監督賞をはじめ主要6部門にノミネートされながら、結局ひとつも受賞することができなかった。
が、そんな話題以前に、僕としては、あのブルース・ダーンが76歳にして初めて主演男優賞にノミネートされた作品、ということに大変興味を惹かれた。
ダーンはオスカーこそ逃したものの、カンヌ映画祭では主演男優賞部門でパルム・ドールを受賞している。
しかも、これまで一度も演じたことのない、モンタナの片田舎で余生を送る、孤独で頑迷、すでに認知症の症状も出ている年老いた父親、という中高年時代までなら絶対に似合わない役を演じて。
極端に短くて簡潔なクレジットタイトルのあと、フリーウェイをギクシャクした足取りで歩き続ける老人ウディ(ダーン)が警官に呼び止められるところから映画は始まる。
ウディは100万ドルの懸賞金が当選したという雑誌からの手紙を真に受け、モンタナから出版社のあるネブラスカ州リンカーンまで歩いて行こうとしていたのだ。
そんな父親を不憫に思った息子のデヴィッド(ウィル・フォーテ)は、自分がマイカーを運転してリンカーンまで連れていってやろうとする。
その車が日本車のスバル・アウトバックというディテールが、彼らの生活観をさりげなく示していて心憎い。
ネブラスカ州に入った父子ふたりは、ウディの生まれ故郷であるホーソーンを通りかかり、伯父夫婦の家に立ち寄る。
ウディが大金持ちになったと聞くや、おこぼれにあずかろうと言い寄ってくる親戚や従兄弟、ウディの幼馴染みたちの描写がおかしくも哀しい。
あれは親父の世迷い言だ、信じるほうがどうかしていると、デヴィッドがいくら説明しても、従兄弟たちやかつてウディの友達だったエド(この配役も驚きのステイシー・キーチ!)は引き下がらない。
デヴィッドが途方に暮れていたとき、彼らとウディの間に立ちはだかったのが、ふだん亭主のウディに冷たく当たっていた母のケイト(ジューン・スキップ)だった。
ここに登場するウディ一家はふだんから親密に往き来し、心を通わせ合っているわけで決してない。
ウディと長年連れ添ったケイトはウディの介護に嫌気が差していて、さっさと特養ホームへ入れてしまいたいわ、とデヴィッドに毒づいてはばからない。
ケイトにいびられているウディはデヴィッドに向かって、「俺はケイトとヤリたかったから結婚しただけだ! 何度もヤッたからおまえができたんだ!」などと声を荒らげて愚痴る。
そんな両親をデヴィッドは突き放すことができず、両親同士もまた文句を言い合いながら、結局は一緒に旅を続けてゆく。
最初から最後まで、一家の心を結びつけるようなドラマチックな出来事は何も起こらない。
それでも、ここには確かに家族の絆が存在していることを、この映画は紙に水を染み込ませるように感じさせてくれる。
観るものの感動を膨らませているのは、独特のモノクローム映像だ。
現代の話なのにまったく違和感を感じさせないどころか、しっくりとストーリーに馴染んでいることには驚かされた。
これは何と言ってもアレクサンダー・ペイン監督のセンスの賜物だろう。
残照のような光と影のコントラストを実現させたカメラマン、フェドン・パパマイケルのテクニックも賞賛に値する(ちなみに、どちらもアカデミー賞にノミネートされた)。
ブルース・ダーンは俳優としてのキャリアの中でも間違いなく最高の名演。
かつてはあれだけクセのある脇役、悪役として名を馳せた役者が、76歳にして一番の適役を得たことに惜しみない拍手を送りたい。
また、4文字言葉を連発して強突く張りたちを圧倒するケイトのキャラクターも実に傑作。
演じたジューン・スキップも84歳にしてアカデミー助演女優賞にノミネートされており、これは女優としてはオスカー史上最高齢記録らしい。
オススメ度A。
A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑
旧サイト:2014年03月18日(火)Pick-up記事を再録、修正