昨年3月28日、71歳でこの世を去った坂本龍一はどのようにして癌と迫り来る死に向き合っていたのか、NHKが遺族に提供された生前のビデオや日記を元に構成したドキュメンタリー。
坂本さんが亡くなる2日前、ベッドに横たわり、代表・監督を務めた東北ユースオーケストラの演奏をiPhoneで見ながら、カメラに向かってVサインを示すオープニングの動画から一気に引き込まれた。
肝臓癌であることが判明し、余命半年と医者に宣告されたのは2020年12月11日のことだった。
坂本さんはもともと2014年に中咽頭癌に罹っており、いったん寛解したものの、6年後に大腸癌が見つかって、これが肝臓に転移したのだという。
当時の日記には、悲鳴とも慟哭とも感じられる痛切な言葉がシャープペンシルで延々と綴られている。
「現実なのか?」「現実感がない」「やり残したことがあると感じるかどうか」「今安楽死を選ぶか」「手遅れだということ」「死刑宣告だ」「俺の人生終わった」等々。
2021年1月に入院し、20時間にも及ぶ最初の大手術を受け、絶望の淵に沈みながらも、しかし、坂本さんは懸命に今の自分と過酷な運命を見つめ直そうとする。
とりわけ、まともな思考が不可能になり、現実と妄想の区別がつかなくなってしまう「せん妄」状態の最中にありながら、意味不明の言葉や数字をiPhoneでメモし続け、正気に戻るたびにこの厄介な症状に正面から対応していたことに驚愕させられた。
2年前の9月に89歳で死んだ私の父親も、最後は何度もハイリスクせん妄の症状を呈するようになっていた。
入院先から電話をかけてきては、あり得ないこと、わけのわからないことを喚き散らし、こちらが何とか諌めようとすると、怒りの発作を起こして感情を爆発させ、私を怒鳴りつける。
死を目前にしていた人生の最晩年、父の目にはどのような光景が見え、どんな音が聴こえ、胸中にはいったい何が去来していたのか、死に目に会えなかった私には知る由もない。
そういう体験をした私の、あくまでも個人的感想だが、死を目前にしたとき、家族をはじめ、音楽や人生について語り合える相手がいた坂本さんはまだしも幸せだったのではないか、という気もする。
闘病生活の最中に残した肉声の中には、音楽を聴いたり作ったりするのには熱量が必要だ、それだけの熱量が今の自分には足りない、と吐露した一節があった。
しかし、2022年の年末には病を押して新たなオーケストラのための大作の作曲に取り組み、「音楽を残すこと」「残す音楽」「残さない音楽」「霧散する音楽」、そして「音楽だけが正気を保つ唯一の方法かもしれない」という言葉を日記に書き残している。
命が潰える寸前まで、坂本さんには音楽という生きがいがあり、音楽を共有できる仲間や教え子がいた。
自分がどのような死に方をするのか、今61歳の私にはまだ想像もつかないけれど、プロ野球をはじめとするスポーツの現場で取材できること、その成果を文章で表現できる場を与えられていることに感謝し、言葉を紡ぐという行為を大切にして生きていきたいと思う。
オススメ度A。
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