1970~90年代の名脇役として知られ、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』(1984年)では妻を探し続ける主役の男を演じて鮮烈な印象を残したハリー・ディーン・スタントン最後の主演作。
本作の役どころはアメリカ西部の片田舎でひとり暮らしをしている90歳の偏屈な老人ラッキーで、撮影当時90歳だったスタントン自身のイメージに合わせてシナリオが当て書きされていることは明らかだ。
ラッキーの一日は朝起きてタバコを一服することから始まり、近所のカフェでコーヒーを飲みながら新聞のクロスワードパズルを解くのが日課。
ここでもタバコを取り出しては、「ウチは禁煙だ、身体に毒だからやめろ」とオーナーの友人ジョー(バリー・ジャバカ・ヘンリー)にたしなめられる。
昼間は友人ビビ(バーティラ・ダマス)のドラッグストアでミルクやタバコを買い、夜は馴染みのバーでブラディマリーをすすりながら、ここでもまたタバコを吸おうとしてオーナーのエレイン(ベス・グラント)に怒られる。
そんな田舎町の日常の中、結婚歴がなく、子供もいないラッキーは、しばしば友人たちと孤独や死について語り合う。
そんな会話の中で、ラッキーや友人たちが何度も何度も繰り返す言葉が「ナッシング」。
文字通り、「何もない」という意味であると同時に、「死語」を表現する言葉でもあり、「ろくでなし」というニュアンスでも使われる。
とりわけ面白かったのは、エレインと事実婚の関係にあるポーリー(ジェイムズ・ダレン)の韻を踏んだセリフ。
エレインは「何も持っていない(ナッシング)」自分を愛してくれた、そんな彼女は自分にとっての「すべて(エブリシング)」だ、これこそ人生のサムシングだ、というのだ。
太平洋戦争に従軍した元海兵隊員フレッド(トム・スケリット)がラッキーに沖縄戦の思い出話をする場面もいい。
死を目前にした日本人の少女が見せた微笑みが美しかった、凄惨な戦場でなぜ彼女は笑うことができたのか、と淡々と語るフレッドの表情が印象に残る。
ちなみに、スタントンとスケリットは『エイリアン』(1979年)で、ともにエイリアンに殺される宇宙船ノストロモ号の乗組員として共演した間柄。
あの映画をオンタイムで観た映画ファンにとっては感慨深いシーンである。
スタントンは本作が米国で劇場公開された2017年9月29日の2週間前、同月15日に91歳で亡くなった。
昔のスタントンを知る僕のようなオールドファンにとっては、すっかり老け込みながらも命の残り火を感じさせるスタントンの顔と肉体が、まるで2年前に89歳で逝った自分の父親のような存在感を持って迫ってくる。
観終わって思い出したのが、往年のアクション俳優バート・レイノルズが落ちぶれたスターを演じた『ラスト・ムービースター』(2018年)。
自分をモデルにした映画に主演して燃え尽きたのか、レイノルズは劇場公開5カ月後、82歳で他界している。
オススメ度B。
A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑