岸井ゆきの演じるヒロイン小河恵子は生まれつきの感音性難聴で耳が聴こえていない。
ふだんビジネスホテルの清掃員として働いている彼女は、日本で一番古いと言われる荒川ボクシングジムに通ってプロボクサーとなり、デビュー戦で初勝利を収めた。
そんな恵子の日常を淡々と追うところから、この物語は始まる。
オープニングから鳴り響くロープスキッピングのリズミカルな音、トレーナー林誠(三浦誠己)を相手に繰り返すコンビネーションの練習のシーンから、静かな迫力と説得力で知らず知らずのうちに引き込まれてしまう。
岸井は役づくりに当たり、クランクインの3カ月前から監督、脚本を手がけた三宅唱とジムに通ってボクシングのスキルを身につけたという。
ストーリーが進行するに従って恵子のテクニックが上達し、後半では恵子が矢継ぎ早に繰り出すパンチと林の持つミットが流れるようにスイングする姿をワンカットで捉えた場面が素晴らしい。
クライマックスは2021年に行われた試合で、恵子は観客のいないホールのリングで遮二無二パンチを繰り出す。
そう言えば、当時はコロナ禍により、オリンピックをはじめ、あらゆるスポーツが無観客で行われていたことを、この場面を観て不意に思い出した。
セコンドの指示や励ましも聴こえず、観客席には母親や弟の姿もなく、勝ったからといって大したお金になるわけでもない試合で、恵子はただ前を向いて戦い続ける。
これはボクシングというスポーツを描いていると同時に、ボクシングに託して生きることを語った映画なのだ。
ほぼすっぴん、ほとんど無言の岸井は大変な熱演で、アスリート特有の人見知りなキャラを的確に表現している。
個人的には、もっと明るい役柄を演じている彼女のほうが好きですが。
オススメ度A。
A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑