藤純子引退記念映画として企画され、結果的にマキノ雅弘にとっても映画監督引退作品となった。
筆書きの帳面をめくってゆくタイトルバック(めくる女性の手は藤純子?)、木下忠司の荘重なテーマ曲からして、この時代の東映任侠路線ならではの外連味たっぷり。
ぼく自身はそれなりに面白く見たけれど、脚本を書いた笠原和夫は『昭和の劇 脚本家 笠原和夫』(2002年、太田出版)で「失敗作」と断じている。
舞台は明治末期の柳橋、藤純子の役どころは売れっ子芸者の鶴次。
彼女の父親(水島道太郎)が鳶と火消しの「に組」の副組頭で、博徒・鬼鉄(お馴染み遠藤太津朗)に忙殺されたのち、自ら副組頭を継いで仇討ちに乗り出す。
笠原先生によると、女が鳶になるというのは相撲取りになるのと同じくらいあり得ない話だという。
しかし、本作が藤純子最後の映画になることから、監督のマキノが藤純子に鳶の法被を着せたい、という自分の美学(というより趣味か)に固執したのだそうだ。
「に組」の組頭(嵐寛寿郎)の息子で、人殺しをしてから行方をくらましていたが、藤純子の窮地に舞い戻ってくるかつての恋人が高倉健。
一方、鬼鉄の元に草鞋を脱ぎながら、健さん、藤の味方に回る渡世人・旅清が鶴田浩二。
その周囲には片岡千恵蔵、若山富三郎、菅原文太、渡瀬恒彦、伊吹吾郎と当時の東映オールスターキャストがズラリ。
おまけにコメディリリーフの「アホの若旦那」に藤山寛美が出てくるという超豪華版である。
おかげでぼくのようなオールド東映ファンは退屈せずに見ていられるものの、笠原先生の指摘している通り、クライマックスが尻すぼみになっているのも確か。
中心となるスター3人に均等に見せ場をつくらなければならないため、鬼鉄の屋敷に鶴田、健さん、藤と時間差で乗り込んでゆくのが何とももどかしい。
それでも、この時代の娯楽大作として、十分合格点には達していると思う。
お勧め度B。
旧サイト:2015年06月25日(木)Pick-up記事を再録、修正
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