僕がハンス・ジマーの名前を強烈に印象づけられたのは、のちに名コンビとなる監督クリストファー・ノーランと組んだ『バットマン ビギンズ』(2005年、ジェームズ・ニュートン・ハワードと共同)が最初だった。
このシリーズ3作目の『ダークナイト ライジング』(2015年)ではオープニングのアクションシーンに独特の畳みかけるような低音がかぶさって、一気に引き込まれたことを覚えている。
正直なところ、『ダークナイト ライジング』はシリーズ中、最も冗長で、展開もメリハリに乏しく、いささか退屈な作品だったが、ジマーの音楽のおかげでそれなりの見応えを保っていた。
これはやはりノーラン監督の『インセプション』(2010年)、ドゥニ・ビルヌーブ監督の『ブレードランナー2049』(2017年)、『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021年)についても同じことが言える。
どこか効果音の延長のようでありながら、その実、しっかり音楽としての旋律を成しているジマーの楽曲は、自分の世界観にこだわり過ぎるあまり、観る者を置き去りにしがちな監督の映像を超え、耳を通して観る者の心をつなぎとめる。
僕は『DUNE』も決して面白い映画とは思わなかったが、ジマーがこの作品でアカデミー賞を受賞したことには納得させられた。
もちろんビルヌーブもジマーの音楽による効果をしっかり認識しているようで、このドキュメンタリーのインタビューで「ハンスの音楽そのものがストーリーを語っている」と証言。
ジマー自身は「バグパイプ、女の絶叫、ヘヴィーメタルギターを合わせた曲で、まさかオスカーが取れるとは」と謙遜気味に語っているが。
その半面、ジマーが天才的なメロディーメーカーであることは、『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』(2003年)のテーマ曲で証明されている通り。
このドキュメンタリーのゴア・ヴァービンスキー監督のインタビューによると、『パイレーツ』の音楽はすでに別の作曲家が作っていたにもかかわらず、ジマーの作品があまりに素晴らしいので差し替えられたという。
いまや「革命児」どころか「巨匠」という呼び名が相応しいジマーは、いったいどのような人生を送ってきたのか。
ドイツのフランクフルトでユダヤ人の家系に生まれ、音楽の才能に目覚めると、若くしてスタジオ経営に乗り出し、実はライブ活動にも熱心だった半生が描かれる。
売り出し中のころは、楽器や譜面に向かわない日は一日もなく、シンセサイザーで現実には存在しない楽器の音を作り出し、そうした前衛的な手法とオーケストラの融合を目指した。
ジョン・ウィリアムスをオーケストラ時代の映画音楽の巨匠とするなら、ジマーはシンセサイザーに代表されるテクノロジー音楽の名匠だろう。
そんなジマーが、作曲のモチベーションについて、大変興味深い発言をしている。
「私は常にドリスという架空の女性に向けて曲を作っています。
彼女はブラッドフォード在住で、出来の悪い息子2人を育てているシングルマザー」
彼女の楽しみは週末にパブで一杯やるか、私が音楽を手がけた映画を見に行くこと。
そんな彼女を満足させられるような音楽を作りたいんです」
ジマーは一曲ごとに先駆的、実験的手法を模索しながらも、いつも日々の生活に追われる市民を楽しませることを念頭に作曲を続けているのだ。
そして、60歳をとうに超えてなお、まだまだやりたいこと、挑戦したいことがあると、こう言ってインタビューを締め括っている。
「作曲を始めて40年、いつスローダウンするのかと聞かれますが、やっと走り始めたところですよ」
オススメ度A。
A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑