『アメリカン・ベースボール革命 データ・テクノロジーが野球の常識を変える』ベン・リンドバーグ、トラビス・ソーチック😁😳🤔🤓😖

The MVP Machine
発行:化学同人 翻訳:岩崎晋也 定価3200円=税別
第1刷:2021年5月30日 原書発行:2019年

本書に興味を抱いたのは、今季DeNAでプレーしているトレバー・バウアーが主要登場人物として描かれ、2020年のサイ・ヤング賞獲得に多大な貢献をしたトレーニング施設〈ドライブライン・ベースボール〉での練習内容が詳細に書かれている、と聞いたからである。
そのバウアーが2018年1月3日、ワシントン州ケントにあるドライブラインを訪れるところから、本書の長い長い物語は始まる。

バウアーはiPhoneでフォームを撮影する一方、1台6000ドルもする最新型高速度カメラ「エッジャートロニックSC1」でボールの握りとリリースポイントを撮影し、新たな変化球カーブの投げ方を模索しながら、黙々とピッチングを繰り返す。
自分が望む軌道、回転数、変化量を実現するには、どのようにボールを握り、どの程度の力をかけ、どのタイミングで指から離せばいいのか、エッジャートロニックの精緻な動画は、バウアーに正確なデータを与えてくれるのだ。

もともと筋金入りの野球オタクだったバウアーに、こうしたテクノロジーとデータ分析による取り組み方を教えてくれたのは、ドライブラインの創始者カイル・ボディ。
野球選手でありながら「自分はアスリート向きの人間ではない」と自任しているバウアーに対し、ボディには野球経験自体がなく、高校を中退し、独学で野球に関する研究に取り組んできた。

バウアーもボディも極端なパラノイドであることを自覚しており、Twitterで相手を論破するまで延々とやり取り(と言うよりケンカ)を続けるねちっこい性格も大変よく似ている。
そんなふたりの共同作業によって、バウアーは2020年のサイ・ヤング賞投手となり、ふたりの考案した方法論はメジャーリーグにおいて、サイバーメトリクス以来の一大革命へとつながっていった、と本書のストーリーは展開していく。

経済的基盤の弱いアスレチックスがサイバーメトリクスの論理を用いて2001、02年に連続優勝するほどになると、資金力に勝るチームが次々にサイバーメトリクスを導入してアスレチックスの優位性が失われたことは周知の通り。
それとともに、2010年ごろから、ゴロアウトを取る確率を高めるため、三塁手や遊撃手が一、二塁間を守るような極端な守備シフトが敷かれるようになる。

それならばと打者がゴロではなくフライを打ち上げる傾向が高まり、「バレルゾーン」へ打球を打ち上げる「フライボール革命」が巻き起こった。
すると、今度は投手もこれに対抗するため、高めのフォーシームや変化量の大きなカーブ、スライダー、チェンジアップで空振りを取る投球が主流となる。

そういう変革の潮流の真っ只中にいて、革命を牽引する役割を果たしていたのが、2020年にサイ・ヤング賞を獲得したバウアーだった。
バウアーは5月16日の広島戦で高めに投げ続け、2回7失点と滅多打ちに遭った後、僕の質問に答えて「意図があって高めに投げていたんだ」と言っていたが、あながち強がりではなかったのかもしれない。

かつてのアスレチックスと同様、バウアーの成功もメジャーリーグで注目を集め、こぞって真似をするチームが続出した。
とくにアストロズが熱心で、まだ素質が開花していない若手選手を育成するため、エッジャートロニックカメラを数台購入してマイナーリーグのチームにも分配し、積極的に動作解析やデータ分析の手法を採り入れている。

本書によれば、アストロズが球団史上初の3桁敗(106敗)を喫するなど、極端に低迷していた2011年ごろは、生え抜きの選手を育て、優勝を狙えるチームを作るため、「わざと負けていた」(あえて勝とうとしていなかった)からでもあるという。
アストロズは動作解析やデータ分析を専門とするコーディネーターやアナリストが重用するようになり、この傾向がメジャーリーグ全体にも波及。

その結果、旧来の指導法や育成法しか知らないフロントスタッフと、実際に育成に当たる現場とのパイプ役も必要とされるようになる。
そのひとりが、レッドソックスでピッチング開発担当副社長、ジャイアンツで投手コーディネーターを歴任しているブライアン・バニスターだ。

バニスターは2011年、日本の巨人と契約していながら、東日本大震災発生後、放射能を恐れて無断帰国し、そのまま二度と来日せず、制限選手(旧所属球団の許可がなければ世界のいかなる場所でもプレーできない)となった投手である。
そういう経歴の持ち主が、いまやメジャーリーグのテクノロジーの最先端の一翼を担っているのかと思うと、いささか複雑な気分になった。

なお、そのバニスターに多大な影響を与えた父フロイドも元メジャーリーガーの投手で、1990年の1シーズンだけヤクルトでプレーしている。
しかし、前年に故障した左肩が完治しておらず、登板僅か9試合、3勝2敗でシーズン中の6月に解雇され、「詐欺で訴えることはできんのか」と野村監督をボヤかせていた。

著者のふたりは日本プロ野球の取り組みにも注目しており、とりわけ楽天のデータ分析システムを高く評価している。
このくだりでは、巨人から楽天に移籍し、引退後にスタッフに加わった元投手・金刃憲人がインタビューに答えており、日本のファンにとっても興味深いはず。

また、日本人メジャーリーガーでは、今季好成績を挙げている菊池雄星もドライブライン信者のひとり。
そうした日本との関わりを示されると、こうした最前線の実態をまったく知らずに野球を語ること自体、いまでは時代遅れのような気がする。

しかし、ドライブラインが野球界に持ち込んだテクノロジーは、革命的ではあっても魔法ではない。
クレイグ・ブレスロウは全盛期を過ぎた後、バウアーと同じようなアプローチで再起を目指すが、結局は35歳という年齢の壁に抗えず、引退を余儀なくされている。

本書によれば、ドライブラインの方法論がメジャーリーグに浸透するにつれ、自分の経験則を元に指導するコーチが次々に淘汰され、ドライブラインのような球団外のトレーニング施設や大学出身の指導者に取って代わられつつある。
さらに、中学、高校、大学と、アメリカのアマチュア球界でもトラックマンのデータによるスカウティングが主流となっているいまでは、スカウトという職業そのものが年々減少している(というより経営者によって削減されている)のだ。

そして、本書に書かれたことの一部はすでにアップデートされ、現在のメジャーリーグでは通用しなくなっている部分もある。
目から鱗が落ちると同時に、つくづく大変な時代になったものだと痛感させられた。

😁😳🤔🤓😖

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スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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