『ミスト』😱

The Mist
125分 アメリカ=MGM(メトロ・ゴールド・ウィンメイヤー)/ワインスタイン・カンパニー
日本公開:2008年 配給:ブロードメディア・スタジオ
@池袋のシネ・リーブル 2008年5月11日14時35分~

「911」後遺症をテーマとした映画は数多あるが、ホラー映画ではフランク・ダラボンが監督・脚本を手がけた本作が最高峰だろう。
イスラム系過激派によるテロをメタファー(暗喩)として描き、スティーブン・キングの同名原作を大胆に改変したエンディングは、改めて〝突然襲ってくる正体不明の暴力〟の恐ろしさをまざまざと感じさせた。

※以下、旧サイト:2008年05月11日(日)Pick-up記事を再録、一部修正

突如発生した霧によってスーパーマーケットに人々が閉じ込められ、その霧の中から様々なクリーチャーが襲いかかってくる、というホラー映画。
面白かったことは面白かった…けど、これからこの映画を観ようと思っている人は読まないでください。

近年、かくも救いようのない結末も珍しい。
『ノーカントリー』(2007年)も十分に絶望的な映画だったが、文芸作品としての意図が理解できるぶん、ある程度は納得できた。

しかし、こちらは純然たるエンターテインメントとして公開されている。
主人公の父親が我が子を守るべく獅子奮迅の活躍、命を賭けて窮地から脱出するのが最大の見せ場なのだ。

その先には当然、心温まるラストシーンが待っていなければならないのに…。
最近で言えば、スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の『宇宙戦争』(2005年)のような。

池袋のシネ・リーブルへ観に行ったら、14時35分の回は最前列まで満席でした。
昨晩、同じスティーヴン・キング原作、フランク・ダラボン監督作品の『グリーンマイル』(1999年)がテレビ放送された効果もすこしはあったかもしれない。

放送の最中、この『ミスト』のスポットCMを何度も流していたからね。
しかし、あの感動を求めてやってきたお客さんは、酷い目に遭ったと思っただろうなあ、俺もそうだけど。

原作の中編『霧』は学生時代、ハヤカワ文庫の翻訳版が出てからすぐに買って読んだ。
キング作品の中では個人的に一番好きな一篇の映画化作品、しかもダラボンが監督と脚本を手がけているというから、さぞかし素敵な作品に仕上げていることだろうと、年甲斐もなく期待に胸を膨らませていたのですよ。

その小説には、いまも覚えている印象的なくだりがいくつかある。
最初は一人称で語る主人公のデヴィッドが女房の背中を思い返して、「それがケリー(妻の名前)を観た最後になった」と述懐する一節。

次が、ミスト(霧)とその中に潜むクリーチャーによってスーパーマーケットに閉じ込められた最中、恐怖に駆られてセックスした直後のアマンダの態度の変わりように、「ついさっきのことが現実とは思えなくなった」と嘆息する場面だ。
さらに、デヴィッドたちがマーケットから脱出したあと、巨大なクリーチャー、ビッグフットを目の当たりにするところ。

原作はデヴィッドの一人称なので、映画と違ってクリーチャーの全体像が見えない。
それがかえって途方もない巨大さを想像させ、大変不気味に感じたものである。

そして、「ハートフォード」というキーワードが何度もカーラジオから聞こえてくるラストシーン。
この淡々としていて、しかしはっきりと希望を示したエンディングは、イギリスのSF作家ジョン・ウィンダムの古典『トリフィドの日』(1951年)を彷彿とさせた(ただし1962年の映画化版『人類SOS』は凡作)。

デヴィッドとアマンダが肉体関係を持たない点を除いて、この映画化版も結末の寸前まではほぼ原作通りに進行する。
ダラボンの演出は徹頭徹尾リアリティに徹していて、とにかく容赦がない。

序盤のパニック描写は「911」同時多発テロ事件のひとつ、ユナイテッド航空機のハイジャック事件を描いた『ユナイテッド93』(2006年)にそっくり。
観賞後にパンフレットを読んだら案の定、ダラボン自身、町山智浩氏のインタビューを受けて、「911」の影響があったことをはっきり認めていた。

登場人物たちがマーケットに閉じ込められた最初の夜、カラスとイナゴの化け物たちが次々に侵入してくる。
凄まじいのはCGやフィギュアのクリーチャーではなく、恐慌をきたして死んでゆく人間たちの描写だ。

とりわけ、イナゴに刺されたあげく、顔の右半分をどす黒く腫れ上がらせて死ぬ少女サリー(アレクサ・ダヴァロス)の最期が痛ましくもむごたらしく、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)の遠山美枝子を思わせる。
ここで隣のカップルが出ていったのは、恐らく彼女のほうの気分が悪くなったのだろう。

ネットのレビューによると、そういうお客さんは結構多いらしい。
そう言えば、『連合赤軍』も途中で席を立つ人が何人かいたな。

映画はここから、登場人物たちが群集心理によって狂気に陥る様を、実に生々しく描いてゆく。
観ているこちらも息が詰まりそうになり、早くこの霧が晴れてほしいと思っていた矢先、訪れるのは思ってもみない破滅だ。

その直後に用意された皮肉などんでん返しが、余計にやりきれなさを募らせる。
上映終了後には、やはり「最後がなあ…」という声があちこちから聞かれた。

ヤフーのレビューをチェックすると、「せっかく我慢しておしまいまで観たのに」という感想が少なくない。
しかし、観終わってみて得心させられるのは、文句のつけようのない完成度の高さだ。

ここまでのあらゆる布石も描写も演出も、すべてはこの救いようのない結末に収斂させるためだったのである。
最近、日本映画ばかり見ていたので、ハリウッドの〝力技〟には久々に圧倒された。
アメリカ映画における〝911後遺症〟を語る上で欠かせない一本であるとも言える。

ただ、僕は好きになれませんけどね、やっぱり。
でもオススメ度はA。

A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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