プロ野球の平成年間は「乱闘と退場の時代」でもあった。
平成元年(1989年)に年間退場者が最多タイの12人に上ると、翌年には早くも6月に新記録の13人に到達。
近鉄タフィ・ローズの最多退場回数1411試合最多退場者数3人など退場にまつわる血生臭い記録のほとんどは平成に作られている。
そうした時代、私が取材した中で最もド派手な退場劇を繰り広げたのがロッテ・金田正一監督。
殿堂入り監督として現場復帰した平成2年(1990年)6月23日の西武戦で金田監督が審判に殴る蹴るの暴行。
負傷した審判が試合後に病院に直行し、金田監督には出場停止1カ月の処分が下され、警察まで捜査に乗り出したほどだった。
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