PICKUP前項『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(2019年)を自ら製作、主演して世界第4位の化学企業デュポンの水質汚染を暴いたマーク・ラファロが、そのデュポンの御曹司によって悲劇的な運命を辿った実在のレスリングのオリンピアンを演じている。
ラファロが本作製作当時の2014年、すでに『ダーク・ウォーターズ』の構想を得ていたのかどうかはわからないが、デュポンにとってはいまや顔も見たくない俳優に違いない。
さて、本作は劇場公開時、アナウンサーの松本秀夫さんに勧められて観たのだが、迂闊にもスポーツ・ノンフィクションに類する映画だということをまったく知らなかった。
おまけにポスターのキャッチコピーもチェックしていなかったため、クライマックスでジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)が拳銃を持ち出したときには度肝を抜かれた。
自国開催のロサンゼルス・オリンピックから3年後、1987年のアメリカ、レスリング・フリースタイル82キロ級の金メダリストだったマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)の生活を淡々と描写する場面から映画は幕を開ける。
五輪のスターも大会から3年も経てばすっかり過去の人で、マークはメダルを胸に下げて子供相手の講演などをして稼いでいるが、ギャラはたったの20ドルぽっち。
さらに、そんな雀の涙のギャラを受け取るとき、事務所のオバサンに「ファーストネームはデイヴ? デイヴィッド?」と名前を間違えられてしまう。
マークの兄デイヴ(マーク・ラファロ)もレスリングの選手で74キロ級の金メダリスト、しかも82キロ級の自分より有名ではるかに人望の厚い人物だったのだ。
そうした心が痛む生活の合間、マークとデイヴがふたりだけで黙々とセッション(日本流に言うと「打ち込み」)を繰り返すシーンが素晴らしい。
デイヴ役のラファロには実際にレスリングの経験があり、マーク役のテイタムはマーク本人の実際の動きを見て役作りを重ねたそうで、レスラーの息遣いと肉体の痛みがリアルに、生々しく伝わってくる。
この導入部によって、製作と監督を務めたベネット・ミラーがこの作品に託したテーマが、見る者の心に染み通るように伝わってくる。
これは、人の痛みを描いた映画なのだ。
そんな兄弟に目をつけた大富豪デュポン家の御曹司ジョンが、彼らのスポンサーになろうと申し出る。
デュポンは世界第3位の化学会社(本作公開当時、現在は世界第4位)で、ジョンは創業者一族の御曹司。
デュポン家の敷地の森が狐の狩猟場となっており、そこにジムを建てたことから、ジョンはチームを「フォックスキャッチャー」と名付けた。
しかし、実はジョンが心を病んでおり、コカイン中毒とアルコール依存症でもあったことから、思わぬ悲劇が巻き起こる。
監督のミラーはドキュメンタリー出身。
トルーマン・カポーティが代表作『冷血』(1965年)を書いた過程を映画化した『カポーティ』(2005年)でブレークしたことで知られており、本作も約7年をかけて実際の事件に関わった人間たちを取材したという。
ただし、アスレティックスのビリー・ジーンGMを主人公とした『マネーボール』(2011年)で制作と主演を務め、ミラーを監督に起用したブラピによれば、スポーツの世界には疎い監督らしい。
実際、『マネー…』も野球好きのツボを外している感が先に立ち、ぼく個人は原作ほど面白いとは思えなかった。
ところが、今回はスポーツにおける人間ドラマの勘所をしっかり押さえ、大変重苦しいストーリーであるにもかかわらず、ある種のカタルシスをもたらす名篇に仕上げている。
あれから相当スポーツに関する勉強を積んだのか、それともシュルツ兄弟やジョン・デュポンの人間像によっぽど惹かれるものがあったのか、たぶん両方だろうな。
また、本作はスポーツとスポンサーの関係、アスリートとオーナーの関係を冷徹に描いた映画だと捉えることもできる。
現在、プロ野球の球団を所有している孫正義、三木谷浩史あたりならこの作品を見てどんな感想を持つだろう。
なお、ミラーは第67回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。
役者では、デュポンを巧みに演じたスティーヴ・カレラが第87回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされている。
採点は85点(オススメ度A)。
旧サイト:2015年03月04日(水)付Pick-up記事を再録、修正
オススメ度A。
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑