先月に続いて、今月の帰省中もまた、今榮敏彦市長にお会いしてきました。
20日金曜の午後4時から1時間ちょっと、じっくりお話を伺ったのは、竹原市におけるスポーツの現状について。
竹原というと、アニメ『たまゆら』(2011年)、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』(2014年)で描かれたノスタルジックな町並みをイメージする人が今でも多いでしょう。
が、スポーツの盛んな広島県にあるだけに、実は昔からスポーツ振興にも力を入れている。
実際、竹原市役所の前には、全国大会に出場する中高生たちを応援する大きな横断幕が掲げられています。
これは今榮市長がまだ一介の市役所職員だったころから積極的に推進してきたスポーツ振興策の一環。
昨夏の高校野球広島県大会では、83歳の名将・迫田穆成(よしあき)監督が率いる竹原高校が35年ぶりに4回戦に進出。
ここで惜しくも昨春大会の準優勝校・崇徳に敗れたものの、久々に竹原市民を熱くさせる躍進ぶりだった。
僕がまだ10歳だった1973年、迫田監督率いる広島商業が春の選抜で準優勝、夏の選手権で優勝したときのことはいまだにはっきりと覚えています。
ちなみに、広商1年生のころは外野手だった達川光男さんを捕手にコンバートしたのが迫田さん。
当時の師弟関係は今も強固で、達川さんが竹原高校へ指導に来られたこともあるそうです。
ちなみに、現在僕が滞在している実家は竹原高校から自転車で3分、竹原中学は民家1軒を挟んですぐ目の前。
なお、竹原高校は相撲部もなかなか強く、昨年6月の中国高校相撲選手権では3位に入賞。
今年3月に高知で行われる全国大会にも、個人戦と団体戦の両方で出場することが決まっています。
そうした相撲部員を輩出しているのが、1960年に創立された相撲と柔道の大川道場。
ここからプロに進んだ力士もいて、出世頭は竹原から程近い豊田郡(現東広島市)安芸津町出身の安芸乃島(現高田川親方)です。
現在、高田川部屋に所属する東幕下15枚目の瀬戸の海龍昇(18)も大川道場出身。
残念ながら初場所は3勝4敗と負け越してしまいましたが、力強く前に出る相撲には定評があり、何とか今年中には十両に上がれるのではないかと期待しています。
という具合に、まだまだ優秀で有名なアスリートはそれほど出ていないけれど、将来に向けて楽しみな種や素材はある竹原。
今榮市長自身、大学ではバスケットボール部に所属していたスポーツマン、今年は市政65周年という節目の年でもあり、スポーツの秋に向けて、何とか市を盛り上げられる話題を作りたいと考えている今日この頃です。