『チャップリンの独裁者』(NHK-BSP)🤗

The Great Dictator 
124分 モノクロ 
1940年 アメリカ:ユナイテッド・アーティスツ 日本公開:1960年

本作は中学か高校のころ、地上波洋画番組で放送された吹替版を観て以来、再見する機会がなかった。
NHK-BSPでの放送を録画しておき、改めて観る気になったのは、爆笑問題の太田光が著書『芸人人語』(2020年/朝日新聞出版)で、チャップリンは本当はヒトラーを愛していたのではないか、という考察を披露していたからである。

太田氏によれば、ヒンケル(ヒトラー)に扮したチャップリンが地球儀の風船を手や足でポーン、ポーンと放り上げながら遊ぶシーンに、ヒトラーへの愛情が滲み出ているという。
実際にチャップリンにそういう意図があったのかどうかはともかく、なるほど、そういう見方もあるのかと、妙に感心させられた。

名作の評価が定着している本作は、ヒンケルと間違えられたユダヤ人理髪師(チャップリン2役)が人類愛を謳い上げる大演説をぶつ、というクライマックスが一番の名場面とされている。
しかし、いまこのシーンを観ると、それまでどちらかと言えば口下手だった理髪師が、突如として能弁なアジテーターに変身するという急展開は、映画的演出としてはいささか突飛な気がしないでもない。

それでも、ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発した1939年の翌年、あえてヒトラーを正面切って批判したこういう映画を製作しているところには、チャップリンの映画人としての勇気と才能、もっと言えばそれ以上の凄味を感じる。
この演説シーンをはじめ、突撃隊(ナチス親衛隊)をおちょくった場面などの衝撃度は、本作の米本国での劇場公開当時、リアルタイムで観たアメリカ人の観客にしかわからないものなのかもしれない。

そして、その劇場公開から80年も経過した今日、日本のお笑い芸人・太田氏は、本作の本当の見どころはむしろ、独裁者ヒンケルが子供のように地球儀の風船を放り上げて遊んでいる場面にある、と指摘している。
チャップリンの映画はヒューマニズムを基調としており、本人もヒューマニストだったとされていて、本作はその代表作と位置付けられているが、実は、時代によって様々に異なる解釈の可能な複雑な映画でもあるようだ。

翻って、第三次世界大戦の危機が叫ばれる現在、ウクライナ侵攻を進めるロシアのプーチン大統領に独自の解釈を施し、自ら演じて見せる映画を作るコメディアンは出てくるだろうか。
現代のわれわれは連日、現実の戦場の生々しい映像を見せつけられているので、そういう映画を観ても笑えないかもしれないが。

ちなみに、ウクライナのゼレンスキー大統領が、一介の教師が大統領になるテレビドラマ『国民の僕』(2015〜2019年)で視聴者の支持を獲得し、現実に本当の大統領に上り詰めた、というのは有名な話。
なんだか、チャップリンが本作で演じたユダヤ人理髪師を地でいったような半生にも見える、と感じているのは僕だけかな。

オススメ度A。

A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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