『宮松と山下』😊

87分 2022年 ビターズ・エンド
@新宿武蔵野館 スクリーン1 11月19日12:25〜(監督ユニット「5月」の舞台挨拶付)

8月下旬の性加害報道により、テレビ番組やCMを軒並み降板、芸能活動を自粛している香川照之の主演映画が18日から都内のミニシアターで公開されている。
それも香川にとっては14年ぶりの単独主演で、演じている主人公・宮松のキャラクターが記憶を失ったエキストラ俳優と聞き、これは面白そうだと興味をそそられ、久しぶりに劇場へ足を運ぶ気になった。

オープニング、時代劇の切られ役に扮した宮松が、侍にバッサリやられ、白目を剥き、呻き声を上げながら倒れて見せる。
その場から侍がいなくなると、宮松が起き上がってセットの裏側に回り、スタッフに渡された笠と蓑を身につけ、また侍の前に出てあっさり切り捨てられる。

カットが変わり、一仕事終えたらしい普段着姿の宮松が、一杯引っかけに居酒屋へ酔ったら、今度はいきなり刑事とヤクザの銃撃戦に巻き込まれてしまう。
と思ったら、実はこれもまたテレビドラマのワンシーンだった、という具合に、序盤は宮松の現実と劇中劇が綯い交ぜになって展開していく。

宮松がエキストラ俳優として演じている〝その他大勢〟の役柄同様、宮松自身も私生活では無個性なキャラクターで、周囲から目立つことなくひっそりと生きている。
エキストラだけでは食べていけるわけもなく、本業はロープウェイの運転士をしており、遊び半分でこの仕事をしているのかと聞かれた宮松が、お金のため、生活していくためだ、と淡々と答える場面が印象的だ。

そんな宮松の前に、かつて同じ会社に勤めていた友人だという谷(尾美としのり)が現れ、おまえの本当の名前は「山下」だと告げる。
こうして、過去の記憶を失ったまま、「宮松」として生きていた主人公は、突然「山下」として本当の自分と向き合わなければならなくなった。

香川照之は終始抑制を効かせた演技に徹しており、感情を露わにすることも声を荒らげる場面もほとんどない。
しかし、ほんの小さなきっかけや他人の一言一言に反応し、神経を刺激され、胸の内がざわついていることを、目やシワの動きで的確に表現している。

果たして、「宮松」は何を考えて生きているのか、「山下」は本当はどういう人間なのか、なかなか判然としないストーリーの中で、香川は朴訥な科白回しと微妙な表情の変化によって、主人公の人間像をこちらに伝えてくる。
そこで思い出したのが、一連の性加害報道の中で、香川がホステスの髪を鷲掴みにして笑っていた写真である。

香川のイメージダウンを決定的にしたあの写真で、彼は明らかにカメラを意識してあの薄気味悪い顔を作っている。
もともと酒癖が悪いのも確かだとしても、俳優としての性なのか習慣なのか、不埒な振る舞いをする自分を、つい必要以上に大袈裟に演じてしまったことが、ああいう下品で悪辣な表情となって現れているような気もするのだ。

企画・監督・脚本・編集は、東京芸大教授・佐藤雅彦、NHKドラマ出身の関友太郎、メディアデザイナー平瀬謙太朗の3人からなるユニット「5月」。
本作は3人で最初に「記憶喪失のエキストラ俳優」のアイデアを練っている最中、香川にオファーしようという話が持ち上がったそうだが、映画を観た限りでは最初から〝香川ありき〟の企画だったとしか思えない。

要はそれぐらいドンピシャリのキャスティングで、香川もこういう仕事を続けていれば、いずれは映画俳優として本格的に復帰できる可能性も出てくるはず。
ただし、当面、演じる役柄は限られるだろうし、かつてのようにテレビ番組や大企業のCMに引っ張りダコとなるどうかまではわからないが。

採点は80点です。

※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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