昨年でプロを戦力外となり、12球団トライアウトでもどこにも拾われなかった投手が、7月18日、東京ドームで開催された都市対抗野球大会のマウンドに立った。
元ロッテの中継ぎ左腕、最盛期に最速154キロメートルをマークした永野将司(29)である。
永野は今年から、クラブチームの名門・全府中野球倶楽部に入団、JR東日本の補強選手として、社会人の日本一を決める都市対抗に参加した。
9点リードで迎えた8回の1イニングに4番手で登板すると、強豪・大阪ガスの上位打線を2安打無失点に抑えている。
「久しぶりのドームだったんで、すごくワクワクしました。
ただ、この舞台に立てるのは、全府中のみなさん、特別休暇を与えてくれた今の会社と、いろんな人たちの支えがあったからなんですよね」
トライアウトを受けても、プロや企業からはオファーがなかった。
そこへ一番最初に声をかけてくれたのが、クラブチームの全府中だったという。
「ここには本当に野球が好きな人たちがいて、僕も純粋に野球を楽しめる。
それが、最大の魅力というか、いいところですね」
「純粋に野球を楽しめる」ことは、永野にとって重要な意味を持つ。
ロッテから戦力外となった最大の原因は、パニック障害に似た症状を呈する「広場恐怖症」にあったからだ。
飛行機、新幹線、長距離バスなど、すぐ降りられない公共交通機関に乗ると、閉じ込められているかのような激しい不安に襲われ、目まい、動悸、過呼吸を起こす病気である。
この病気と戦いながら、永野はいかにして復活のマウンドに上がったのか。
詳しくはぜひ、現代ビジネスで御一読ください!