『ビッグ・トラブル』(WOWOW)😉

Big Trouble
94分 1986年 アメリカ=コロンビア・ピクチャーズ
日本劇場未公開 
日本版VHS発売:1987年 邦題『ピーター・フォークのビッグ・トラブル』
同DVD発売:2003年 同『ジョン・カサベテスのビッグ・トラブル』

10年前の2012年、WOWOWが〈ジョン・カサヴェテス特集〉を組んだ際、ラインナップの1本として放送された作品。
監督のカサヴェテスは演技派の俳優として知られている半面、インディペンデント系映画のカリスマ的フィルムメーカーとしていまも熱狂的なファンを持ち、世界中で後進に影響を与え、数多くのエピゴーネンを生んだ伝説的存在である。

カサヴェテス作品は概ね重厚なセミドキュメンタリー・タッチに貫かれており、即興を重視した演出が独特の緊張感を漂わせる作風は、観ているこちらを引き込みながらも、息が詰まるような重苦しさを感じさせる。
だから、12年にWOWOWで録画した7本(うち1本『フェイシズ』は誤ってHDから削除)を観るのもせいぜい1〜2年に1本程度で、まだもう1本残っているほど。

そんな映像作家のカサヴェテスにしては珍しく、本作は完璧な商業映画として製作されたウェルメイドのコメディである。
カサヴェテス自身は何故かまったく気に入っていなかったらしく、生前は「自分のフィルモグラフィから消してしまいたい」とまで語っていたという。

皮肉なことに、本作は1989年、59歳で肝硬変のために亡くなったカサヴェテスの遺作となった。
盟友の“刑事コロンボ”ピーター・フォークをはじめ、アラン・アーキン、チャールズ・ダーニングなど、当時日本でも人気のあったスター俳優が出演しているにもかかわらず、日本では劇場未公開。

しかし、コメディ映画としては十分及第点に達しており、そこここにカサヴェテスらしいエッジの効いた描写も目立つ。
主人公の保険勧誘員レナード・ホフマン(アーキン)の自宅の朝食風景から始まり、三つ子の息子たちが食事もそこそこに名曲アイネ・クライネ・ナハト・ムジークを合唱している、というオープニングからして何が始まるんだろう、と思わせる。

息子たちはいずれも音楽の才能を認められ、名門イエール大学に合格したばかりなのだが、レナードの稼ぎではとても3人4年間分の学費を工面できない。
そこへ、保険会社の上得意のひとりブランチ・リッキー(ビヴァリー・ダンジェロ)から、心臓病の夫スティーヴ(フォーク)に傷害保険をかけて殺してしまおう、という相談が持ちかけられる。

この傷害保険は飛行機事故では保険金が下りないが、列車からの転落事故で死ねば、通常の10倍の500万ドルが支払われる。
そこで、あらかじめスティーヴを殺し、スティーヴに変装したレナードが列車から飛び降りて、その場所にスティーヴの死体を置いておく、という計画は、フィルムノワールの名作『深夜の告白』(1944年)そっくり、という以上にそのまんま。

ところが、スティーヴとブランチの正体は詐欺師のカップルで、息子たちの学費ほしさに偽装殺人の計画に乗ったレナードも騙されていたのだ。
ここから二転三転する展開はご都合主義が目につく部分もあるが、さすがコメディ演技の巧みなベテラン、アーキン、フォークの好演のおかげで楽しみながら観ていられる。

とくに、コロンボとは真逆の詐欺師をフォークが実に楽しそうに演じており、彼のファンには一見の価値がある。
ただ、“インディーズの父”カサヴェテス作品にしては軽い印象が残るのも確かであり、ご本人としてはこれが遺作になったのは不本意だったかもしれませんね。

オススメ度B。

A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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