BS世界のドキュメンタリー『権力と闘う あるロシアTV局の軌跡』(NHK-BS1)🤔

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50分(オリジナル版104分) 2021年 イギリス 制作:Six Days Film/Roast Beef Productions
初放送:2022年5月17日午前00:00〜

2010年、ロシアで開局した大手独立系テレビ局が、国営放送や政権御用達のテレビ局と異なる報道で大勢の視聴者を獲得しながら、2022年にプーチン政権の圧力によって閉鎖に追い込まれるまでの物語。
主人公はこのテレビ局〈ドシチ〉を立ち上げたナターシャ・シンデエワ(ポスター画像の女性)、ナレーターは〈ドシチ〉でニュース番組や政治討論番組を担当していたヴェラ・クリチェフスカヤが務めている。

ナターシャはポスターからイメージできるように、非常にスポーティでエネルギッシュ、かつ社会的行動力もあり、若いころは地元の街でダンシングクイーンとして知られ、FMラジオ局を経営するほどの才覚の持ち主でもあった。
「背が高くてハンサムで、スポーツマンでお金持ちの男性と結婚したい」と公言し、実生活でも自分の理想に近い投資家アレクサンドル・ヴィノクロフ(サーシャ)と結婚。

2000年代のロシアは日本のバブル期さながらの好景気に湧いており、2010年4月、ナターシャ夫婦は豊富な資金を元手に自分たちのテレビ局〈ドシチ〉を開局する。
〈ドシチ〉はナターシャの好きな雨を意味し、コーポレートカラーはナターシャの愛車のド派手なピンクで、「楽天的チャンネル」というキャッチコピーがついていたように、当初はエンタメ好きの素人が遊び半分で作ったようなテレビ局だった。

実際、このくだりで流される開局当時のニュース番組の映像はお粗末極まりない。
スタジオだけはメジャーなテレビ局並みでも、キャスターのトークは原稿の棒読み、しょっちゅうつっかえては言い直し、出てくるべき映像も出てこず、何度も番組が停滞する。

そんなドシチのニュース番組がロシア国民から一躍注目されるようになったのは、2011年1月24日の自爆テロ事件、ドモジェドヴォ空港爆破事件がきっかけだった。
事件発生直後、37人が死亡、173人が負傷したと言われる現場の状況をドシチがオンタイムで詳細に伝えた一方、ロシア国営テレビ、政権御用達のロシア1、ロシアNTVは同じ時間帯に延々とごく普通のトーク番組やサスペンスドラマなどを流していたのだ。

外国のテレビも伝えている大事件を、自国ロシアの大手テレビ局は完全に無視している。
このことに憤ったドシチの現場スタッフはさらに爆破事件の詳報を続け、彼らの矛先は当然のことながらメドベージェフ大統領時代の政権にも向けられた。

ドシチでは政権を風刺したコメディー番組も制作しており、オンデマンドで配信されたこの番組のネット再生回数は390万回にも及んだ。
こうして視聴者が右肩上がりに増える中、危機感を抱いたメドベージェフ大統領がドシチの番組に出演する企画が持ち上がる。

すると、ナターシャは経営者としての判断で、風刺番組の放送を急きょ中止してしまう。
ニュース番組、政治討論番組のディレクター・ヴェラ(本作のナレーター)は、ナターシャの決断は権力に対する妥協であり、メディアにあるまじき自主規制だと主張してドシチを退職し、ここでふたりはいったん袂を別った。

盟友ヴェラとの決別はナターシャのジャーナリストとしての生き方に大きな影響を与えたらしく、ドシチは2011年12月4日、下院選挙でプーチン大統領の政権与党による大掛かりな不正が行われたことを暴露。
この報道はプーチン政権に対する大きな反発を引き起こし、ロシア国内のあちこちで「プーチンのいないロシアを!」と叫ぶ人々が大規模なデモを繰り広げる。

そうした最中、ドシチに電話をかけてきた大統領府の高官は「お前らをぶっ潰してやる」と恫喝。
加えて、2013年6月11日 「同性愛の宣伝」を禁じる法案が可決され、ロシア国内で「同性愛者」=「二流国民」と見なされる風潮が広がったことが、ドシチに大きな打撃を与えた。

なぜなら、ドシチの取材チームの半数以上が同性愛者だったからである。
こうして、多様性と性差別の撤廃が国際的に叫ばれている世の中で、ドシチのメンバーは政府からの圧力、世間からの偏見と、二重の攻撃にさらされることになる。

2014年1月19日、ウクライナのヤヌコービッチ大統領がEU加盟を見送った決断をめぐって、首都キーウで反対派の市民のデモ隊と、これを弾圧する警察との激しい市街戦が発生。
ヤヌコービッチ大統領がプーチン大統領にロシアとの統合を迫られていた〝親ロシア派〟だったことから、ロシアの国営テレビはウクライナのデモ隊をファシストの集団と決めつけ、警察の施設を焼き払ったなどと報道する。

しかし、ドシチはヤヌコービッチ政権側と反政権側の双方から取材した上で、ロシア国営テレビとは反対の報道を繰り返した。
これに業を煮やしたプーチン大統領は「ドシチは過ちを犯した」と公に発言し、これまでの報道を撤回して姿勢を改めなければ断固たる処置を取る、と宣言する。

このころ、ヴェラはナターシャと和解し、ふたたびドシチで働き始める。
2015年2月、様々な周辺の事情から手狭なオフィスへの移転を余儀なくされたものの、ロシア国内の視聴者はさらに増え続け、ネット動画再生回数2340万回に上っていた。

しかし、ドシチにロシア当局の強制捜査が入るようになり、テレビ放送が不可能になった上、サイバー攻撃によってストリーミング配信もシャットダウン。
事実上、ドシチがメディアとして機能不全に陥ると、ナターシャはロシアを離れ、ドイツのフライブルクに生活の拠点を移す。

それは、このころ発見された乳がんの治療のためでもあった。
そうした最中の2020年2月、プーチン大統領は憲法改正に踏み切り、向こう20年間、大統領の座にとどまることができるようになった。

45歳のナターシャが65歳になるまで、プーチン大統領は権力者として君臨し続けるのだ。
かつてのダンシングクイーン、独立系テレビ局の若き女性経営者として人生を謳歌していたナターシャは、国を追われた一ジャーナリストとしてドシチの報道活動を続けようと決意し、2020年夏からニュース番組の無料配信を開始する。

しかし、翌2021年、ドシチはロシア法務省から「外国の代理人」と指定を受け、事実上、西側諸国のスパイと認定される。
そして、2022年2月24日のウクライナ侵攻の6日後、ドシチは当局の圧力により閉鎖 記者たちは国外避難を余儀なくされたのだった。

非常に優れたドキュメントで、〈BS世界ドキュメンタリー〉屈指の見応えだったと言っていい。
が、例によって50分の番組枠にはめ込むため、104分のオリジナル版を半分以上もカットしているのはいただけない、というより、あまりにひどい。

そこをもっと知りたいのに、と思った矢先に場面が飛んでしまうため、感動を味わう以前にいちいち食い足りなさが残る。
せめてオンデマンドでノーカット版を配信するぐらいの工夫やアフターケアができないのだろうか。

オススメ度B。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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