井上尚弥vsノニト・ドネアは最高のショーだった🥊

入場前の自撮りスポット

きのうの午後4時半ごろ、雨の中をさいたまスーパーアリーナの前まで来た途端、3年前のラグビーW杯を思い出した。
メインイベントの3団体統一世界バンタム級タイトルマッチ、「ドラマ・イン・サイタマ 井上vsドネア2」が行われる夜9時頃までにはまだ4時間半もあるというのに、さいたま新都心駅からアリーナまで人の波が続いている。

ドネアと同じフィリピン人だろうか、日本語で「チケット譲ってください」と書いた紙を掲げている外国人が2人いた。
アリーナの入口まで来てみると、巨大なディスプレイの前で自撮りをしているファンが大勢いて、公式グッズショップの前には長蛇の列ができている。

そうした光景のすべてが、2019年10月5日、ラグビーW杯のイングランドvsアルゼンチン戦を観戦した東京スタジアム周辺の賑わいを彷彿とさせたのである。
せっかくだからTシャツでも買おうとグッズショップの列に並び、やっと辿り着いたら、まだ第1試合も始まっていないのに、目当てにしていた会場限定発売のオリジナルデザインTシャツはほとんど売り切れていた。

入場前には必ず検温

さいたまスーパーアリーナでボクシングを観戦するのは2度目で、ここは横浜アリーナと同様、どこからでもリングが比較的近くに感じられる。
加えて、リング上と会場の四隅に巨大なモニターが設置され、ここにライブ配信されるアマゾンプライムの中継映像やリプレー映像が映し出されるので、試合のディテールを見逃す恐れもない。

夜6時半に配信が始まると、このモニターに井上とドネアのインタビューが映されたのに続き、ゲスト解説の村田諒太、リングサイド解説の長谷川穂積、山中慎介が登場、それぞれ井上vsドネア戦の展望をコメントしていた。
このようにアマゾンプライムの配信とリンクさせることにより、場内の雰囲気と期待感を盛り上げ、アンダーカード2試合からメインイベントまでの間が空き過ぎて観客が退屈しないように工夫を凝らしているのである。

ボクシングの世界タイトルマッチがテレビ中継からネット配信に移行している現象には賛否両論あるが、こうして実際に会場に足を運んでみると、生観戦するお客さんにとっても楽しめる要素が増えたような気がする。
実際、地上波テレビが世界戦のみ中継するケースでは、夜8時からとスタート時間が決められると、アンダーカードが早く終わってしまった場合、ポッカリ空いた時間には何も行われず、観客は暇を持て余しているしかなかったから。

布袋寅泰の生演奏に乗って井上尚弥登場!

そんな演出が最高潮に達したのが、井上尚弥の登場曲、映画『キル・ビル』(2003年)のテーマ曲を布袋寅泰がリング上で生演奏し、これに乗って井上が登場した場面。
最新のLED照明が次々に切り替わって場内の色合いを変え、真っ赤に染まった瞬間、大型モニターに井上の覇気に満ちた表情が映し出される。

いや、もう、本当に映画みたいな世界である。
単にボクシングの試合を見に来ているというより、巨大なアトラクションの中に入って、「井上vsドネア2」というイベントに参加している感じ。

3団体のベルト身に纏ったモンスター

これで肝心の試合が塩っぱかったら意味がないんだけれど、有言実行の井上が予言していた通りの展開で、2回1分24秒、見事に鮮やかなKO勝ち。
井上が試合前、「ドラマにはしない」「圧倒的に勝つ」「この試合は通過点でしかない」「ドネアに引退の花道を作る」等々、散々大言壮語を繰り返していたので、そういう時に限って大番狂わせが起こるものだと思っていた僕の後ろ向きな予想も木っ端微塵に吹っ飛ばされた。

正味4分24秒の試合で、一番高い席が22万円、一番安くても1万1000円(+システム利用料、発券料)。
いささか高過ぎるような気がしないでもないけれど、実際に10万円以上の席で見たお客さんからは「もうちょっと長く楽しませてほしかった」と残念がる声の一方で、「あれだけの場面をこの目で見られただけで十分に価値はあった」という満足の声も多く聞かれました。

ボクシングはいま、会場の演出も、中継方法も、そして何より日本人ボクサーもここまで進化しているのか。
昨夜の試合は、様々な意味で、ボクシングの現在を体感し、未来にまで思いを馳せた最高のショーだった。

ちなみに、個人的に世界タイトルマッチを生観戦したのは、2011年12月31日、横浜文化体育館でWBA世界スーパーフェザー級王座統一戦、内山高志vsホルヘ・ソリスを見て以来11年ぶり。
きのうはその内山も観戦に来ていて、帰りはアリーナの前で、息子と写真を撮ってほしいというファンの男性のリクエストに気さくに応じていた。

いい光景でしたね。
いい試合、強いチャンピオンは見に来たファンを幸福にする、ということも改めてよくわかりました。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る