BS世界のドキュメンタリー『戦時下の大統領 ゼレンスキー 』(NHK-BS1)🤔

Zelensky-A President at War
45分 2022年 ドイツ=LOOKS/rbb/WDR
NHK-BS1初放送:2022年4月24日午後8:00〜

ドイツの制作会社がウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領の半生を追ったこのドキュメンタリーは4月24日、前項『プーチン 戦争への道〜なぜ信仰に踏み切ったのか〜』の直後に放送された。
こういう順番で放送された番組を見れば、恐らく誰もがプーチンを『スター・ウォーズ』シリーズの皇帝パルパティーン、ゼレンスキーをルーク・スカイウォーカーであるかのような印象を抱くだろう(ヴィジュアルは似ていませんが)。

本作はロシアの軍隊がウクライナ国境付近に集結していた2021年5月、単独インタビューを受けたゼレンスキーが「ひとたび進行が始まれば、第3次世界大戦の引き金となる可能性がある」と予言するところから始まる。
それから9カ月後の今年2月24日、ロシアによる軍事侵攻が始まり、アメリカのバイデン大統領に国外へ脱出するよう持ちかけられると、「私に必要なのは飛行機ではなく弾薬だ」と答えて首都キーウにとどまる決意を表明。

ゼレンスキーはその後、ウクライナは決して屈服しない、ロシアは早くこの戦争をやめるべきだとSNSを通じて世界中に発信し、21世紀最大のヒーローとなっている。
そんな人物が、もともとは旧ソ連に生まれたユダヤ系の一市民で、第2次世界大戦でナチスドイツと戦った赤軍兵士の祖父を持ち、その祖父は3人の兄弟をホロコーストで亡くしていた。

父は物理学者、母はエンジニアで、大学では法律を学んでいたが、この時期にショーや芝居の面白さに目覚め、2003年に結婚したオレーナ夫人とテレビ番組の制作会社を設立。
ゼレンスキーはコメディアンとして人気を博しただけでなく、プロデューサーも務め、中心的役割を担う放送作家としても多くの番組を手がけていたという。

傑作だったのは、コメディショーの番組中、ステージで相方たちと繰り広げるピアノのコント。
ピアノの後ろ側でズボンを下ろし、両手を上げ、身体を揺すってリズムを取りながら、チ○コで鍵盤を弾いて見せる。

観客席で大爆笑が起こると、演奏者が2人増え、ピアノの音がさらに高まって、最後にゼレンスキーが思わず顔をしかめるオチがつく。
という際どいギャグは、イギリスのブラック・ユーモア集団、あのモンティ・パイソンだってやったことがなく、NHKもよく放送したなあ、と思いましたね。

そんなゼレンスキーのスポンサーであり、後援者だったのが、ウクライナ最大のテレビ局のオーナーで、オリガルヒと呼ばれる新興財閥のイーホル・コロモイスキー。
国内では何かと良からぬ噂もあり、犯罪すれすれのこともやっていたと言われる人物だが、彼が製作費を提供したテレビドラマ『国民のしもべ』(2015年)により、エンターテイナーとして生きていくはずだったゼレンスキーの運命は大きく変わることになる。

一介の高校教師が大統領にまで上り詰めるドラマを地で行くように、ゼレンスキーは2019年の大統領選に出馬。
大統領選をショーにしていると批判されながら、オリンピック・スタジアムに数万人の観衆を集めて行った公開討論会で大衆の心をつかみ、決選投票で現職大統領に倍以上の差をつけて圧勝する。

ただし、本作はその背景に後ろ暗い人脈を持つコロモイスキー・ファミリーの意向が働いていたことを匂わせ、明確な政治理念を持たないゼレンスキーの政治的手腕にも疑問を呈し、支持率が下がったころにはオリガルヒから得た資産を海外に持ち出そうとしていた、という疑惑も伝えている。
果たして、ロシアがウクライナに侵攻しなかったら、ゼレンスキー政権はどうなっていたのだろうか。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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