ロシアのウラジミール・プーチン大統領はなぜ、国際社会から批判を浴びることを承知の上でウクライナに侵攻し、無辜の民を延々と虐殺し続けているのか。
ひょっとしたら、彼は本当に、ナチス化したウクライナ政府による市民の虐殺を止めるためだ、という自分の言い分を真実だと信じ込んでいるのだろうか。
プーチンがそれほど極端な偏執狂で、もはや正常な思考や神経の持ち主ではない、とでも考えなければ、かくも長きにわたって残虐な戦争犯罪を主導し続けられる道理がない。
という、この戦争をいまだにどこか対岸の火事として眺めている平和な日本の一市民の素朴な疑問に、一定の解答を与えてくれたドキュメンタリー。
本作は今年2月21日、クレムリンで開催されたロシア安全保障会議の臨時会合の模様から始まる。
10メートルも距離を置いて玉座のような席に着いたプーチンは、会議のメンバーである閣僚たちに対し、これから決行しようとしているウクライナへの「特別軍事作戦」を支持するかどうかと質問。
プーチンの眼光に射竦められたかのように、ひとりひとりが起立して次々に支持を表明する中、ナルイシキン対外情報庁長官だけが冷や汗をかき、しどろもどろになってはっきり返答することができない。
そのナルイシキンを嬲るように問い詰めるプーチンの表情は実に不気味で恐ろしく、恐怖政治を敷く独裁者そのもののように見える。
こんな映像を世界に公開したらプーチンにとって逆プロパガンダになるのは間違いなく、現にそうなっていることに気づいてもいないらしいところがまた、プーチンの〝独裁者病〟がいかに悪化しているかをうかがわせる。
本作は、そんなプーチンがもともと共産主義やスターリニズムの熱烈な信奉者で、KGBの将校だったソ連時代から、彼の思想的背景を掘り下げていく。
1989年、赴任先の東ドイツでベルリンの壁の崩壊に直面し、世界的な民主主義への移行とソ連の崩壊を目の当たりにしたプーチンは、これを耐え難い屈辱と感じていた。
いつか必ずロシアを復権させ、かつてのソ連に優るとも劣らない世界に君臨する帝国を築き上げようと、時に権謀術数を駆使し、時に武力を行使して猪突邁進してきた、というのが本作のプーチン物語のメインストーリーである。
プーチンは民主主義者であると装い、エリツィン大統領に取り入って首相に就任。
1991年から紛争状態にあったチェチェンにロシア軍を侵攻させ、大量の犠牲者を出しながらロシアの勢力を拡大し、自らも強大な権力を握っていく。
2000年に大統領の座にまで上り詰めると、自分に批判的なテレビ局を弾圧して国家の完全管理下に置いた。
2004年のベスラン学校占拠事件では首謀者のチェチェン人を抹殺するために強行突破を指示し、400人近い死者を出しながらも最高権力者の座に居座り続け、2007年のミュンヘン国防会議ではアメリカを痛烈に批判。
当時、かつてソ連を構成していたジョージア、ウクライナ、キルギスで盛り上がっていた民主化運動の裏側にはアメリカが存在していた、とプーチンは信じ込んでいたらしい。
彼はアメリカがこの3国をそそのかし、ロシアをも支配しようとしているのだ、という疑心暗鬼に囚われていた、と本作は主張する。
最も興味深いのは、プーチンがKGBのスパイとして培った知恵で2016年のアメリカ大統領選に介入。
ハッカーを使って民主党候補ヒラリー・クリントンのメール疑惑を暴き、自分にとって都合のいいトランプをまんまと大統領にすることに成功した、というくだりだ。
政治ドキュメンタリーとしての主張が一方方向過ぎて、プーチンのキャラクターがあまりに単純な独裁者化されているきらいもあるが、なぜ彼がウクライナ侵攻へと突き進んだか、重要なポイントや出来事を隈なく網羅して、大変わかりやすくまとめていることは確か。
時には毎日続く戦争報道から一歩引いて、こういうドキュメンタリーでおさらいをしておくことも必要だな、と感じました。
オススメ度A。