『海峡を越えたホームラン 祖国という名の異文化』関川夏央😁😭😢🤔🤓

発行:朝日新聞社(朝日文庫) 第1刷:1988年7月20日 定価536円=税込
単行本発行:1984年 双葉社

草創期(1983〜1984年)の韓国プロ野球に身を投じた在日韓国人選手たちの群像を描き、野球を題材とした日本と韓国の民族論、比較文化論としても評価の定着している傑作ノンフィクション。
この文庫版は僕がプロ野球の取材を始めたのと同じ時期に当たる1988年夏に刊行されている。

しかし、正直なところ、20代で初めて読んだときは、優れたドキュメンタリー作品であることは理解できても、決して面白い作品とは思えなかった。
野球を題材にした名作とされている文学作品は、海老沢泰久の『監督』(1979年)のような小説にしろ、デヴィッド・ハルバースタムの『男たちの大リーグ』(1989年、邦訳1993年)のようなノンフィクションにしろ、野球というゲームの持つドラマ性を生かし、クライマックスを大いに盛り上げるのが常套手段である。

ところが、本書の著者・関川夏央氏はそうしたいかにもありがちなスポーツライティングの手法をあえて避け、張明夫(チャン・ミョンブ=福士明夫、元広島・巨人)をはじめとした在日韓国人たちの生活と葛藤に焦点を当てている。
彼らにとって韓国は、世界に一つしかない祖国であると同時に、日本以外の諸外国と同じ異国(でしかない)ところであり、言語の通じない環境での生活と野球のプレーは、僕たち日本人が想像だにしない(できない)ストレスとプレッシャーをもたらした。

李忠男(イ・ユンナム=山本忠男、元阪急)は球場が寒く、ジャンパーが支給されていないため、仕方なく阪急で使用していたローマ字表記の日本名が入ったウインドブレーカーを着ていたら、その姿を雑誌のカメラマンに写真に撮られ、「日本から来たことを誇示している」と批判された。
金戊宗(キム・ムジョン=木本茂美、元広島)は、ロッカールームで韓国人選手が母国語でしゃべっているのを聞くと、まるで理解できないため、彼らが自分の悪口を言っているのではないかと疑心暗鬼に駆られてしまい、「わしらキョッポ(在日僑胞)いう名の外人ですわ」と嘆く。

それでも、野球先進国である日本から、実績と力を買われて韓国へ来ている(帰国しているという感覚は彼らにはまったくない)以上、ただ単に野球をするだけではなく、自分たちの知恵、技術、経験を韓国の野球人に伝えるのがわれわれの使命だと張は言う。
そうした考えを主張するだけでなく、自分が所属していた広島カープと交渉し、三美スーパースターズの選手たちを日南の秋季キャンプに参加させた。

在日韓国人選手たちの努力や苦悩は、逆転サヨナラホームランのように劇的な形で報われることこそないが、犠打や守備の技術のように、着実に韓国の野球をレベルアップさせたように思える。
僅かずつではあっても、キョッポと韓国人たちが互いの距離を縮め、理解を深め合ったことも確かだろう。

この本を3度読み返したいま、そうしたかつての在日韓国人選手たちが、僕の中で確固とした像を結び、ああ、関川さんの狙いはこういう読後感を与えることにあったのかと、勝手に納得しているところである。
しかし、本書の主人公・張はその後、借金を抱えて税金が払えなくなり、晩年には麻薬所持容疑で逮捕されるなど、不幸な晩年を過ごしたのち、54歳という若さで亡くなった。

そんなことを考えていたら、昨年になって張の生涯を題材にしたドキュメンタリー映画『玄界灘の落ち葉』が武蔵野美術大学で公開され、続編の構想も持ち上がっていることを、つい最近知った。
作ったのは、僕が本書を読んだときと同じ20代後半の韓国人留学生だそうで、機会があったらぜひ観てみたい。

😁😭😢🤔🤓

2021読書目録
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24『1988年のパ・リーグ』山室寛之(2019年/新潮社)😁🤔🤓
23『伝説の史上最速投手 サチェル・ペイジ自伝』サチェル・ペイジ著、佐山和夫訳(1995年/草思社)😁😳🤔🤓
22『レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実』スティーヴン・バック著、野中邦子訳(2009年/清流出版)😁😳🤔🤓
21『回想』レニ・リーフェンシュタール著、椛島則子訳(1991年/文藝春秋)😁😳🤔🤓
20『わが母なるロージー』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2019年/文藝春秋)😁
19『監禁面接』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2018年/文藝春秋)😁
18『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳(2020年/集英社)😁😳🤓🤔
17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
13『喰うか喰われるか 私の山口組体験』溝口敦(2021年/講談社)😁😳😱🤔🤓
12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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