『ノマドランド』(WOWOW)🤗

Nomadland
108分 2021年 アメリカ=サーチライト・ピクチャーズ 日本配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

日本劇場公開中、第93回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞し、大変な話題となった作品。
主演女優として3度目のオスカーを獲得したフランシス・マクドーマンドは製作にも携わっており、作品賞とダブルで受賞した初のケースとなったのに加えて、中国人監督クロエ・ジャオが有色人種の女性として初の監督賞を受賞するなど、映画史的にも重要かつ画期的な位置を占めている。

ところが、当時はちょうどコロナ禍により、緊急事態宣言が発出されていたため、東京都内の映画館は軒並み休業中。
最も近い川崎へ行って観ようかとも考えたが、ワクチンの接種前でどうしても感染の不安を拭えなくて、とうとう劇場で観ることが叶わず。

そこで、WOWOWで初放送された10月31日、さっそく録画して鑑賞すると、オープニングからネバダ州のところどころに雪が残る荒涼とした広大な大地が広がる。
のっけから、ああ、こういう映画はやはり劇場で観たかったなあ、とホゾを噛んだ。

アメリカでは2008年のリーマンショックで全米各地の様々な大企業が倒産に追い込まれ、60歳以上の高齢失業者が続出した、という知識は頭ではわかっていても、実情については本作を観るまで何も知らなかった。
本作はジェシカ・ブルーダーというジャーナリストによるノンフィクション『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(2017年/春秋社)が原作で、マクドーマンド演じるファーンが実在の人物であるのをはじめ、リンダ・メイ、スワンキー、ピーター、ボブといったキャラクターを実際の本人たちが演じている。

2011年1月31日、3年前からの金融恐慌の煽りを受け、ネバダ州で石膏(ジプサム)の採掘を行ってきたUSジプサムが業績悪化により、石膏採掘所を閉鎖する。
この採掘所に勤める労働者たちが暮らしていたエンパイアも町ごと閉鎖され、7月には郵便番号も抹消されてしまった。

町自体がなくなってしまった以上、そこで生活することはできず、死別した夫と住んでいた家も売却できない。
それでも生きていかなければならないファーンのような60歳以上の高齢ノマド(労働する遊牧民)たちは、バンやワンボックスカーの車上生活者となり、働き口を求めて全米を放浪している。

そのノマドたちにとって必要欠くべからざる職場であり、彼ら・彼女らの置かれた厳しい環境を象徴している働き場所が、作品の冒頭と終盤に描かれているAmazonの広大な倉庫だ。
まるで『レイダース 失われたアーク』(1981年)のラストシーンを思わせるだだっ広い倉庫の中で、ファーンたち高齢労働者は何時間も突っ立ったまま、ベルトコンベアーで目の前に運ばれてくる商品を箱詰めしてはテープで封をしていく。

あまりに単純で、心身ともにかなりのストレスになるこの過酷な仕事に、ノマドたちが自ら応募してくるのは、Amazonが駐車場のスペースを提供しており、契約期間中は無料で車上生活ができるからだ。
この車上生活の実態も実にリアルに描かれていて、排泄用のポリバケツのサイズが説明されるだけでなく、マクドーマンド自らパンツを脱いで大きいほうの用を足すシーンまで出てくる。

観ていて胸の詰まるような場面の連続で、ノマドたちの先行きには夢も希望もないように見えるが、それでもノマドたちは自分たちだけのコミュニティーを作り、時に励まし合い、時にいがみ合い、決して前向きとは言えないながらも、生きることだけはやめようとしない。
終盤近く、実在の人物ボブが穏やかな表情で淡々と、息子を亡くした過去をファーンに語って聞かせる場面は、人は何のために生きるのかという至極単純な疑問に対する一つの答えになっているようにも思う。

最後にファーンがエンパイアの町に戻ってくる場面は、広大なアメリカの大地と小さな高齢者の命を対比させて、形容し難い感動を生んでいる。
そこまで観て改めて、やはりこの作品は映画館で鑑賞するべきだった、という後悔の念が喉の奥から突き上げてきた。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

119『復讐無頼 狼たちの荒野』(1968年/伊、西)B※
118『スペシャリスト』(1969年/伊、仏)C
117『父 パードレ・パドローネ』(1977年/伊)B※
116『ボルベール〈帰郷〉』(2006年/西)A
115『雨の訪問者』(1970年/伊、仏)A※
114『カサンドラ・クロス』(1976年/西独、伊、英)B※
113『イエスタデイ』(2019年/英、米)B
112『ペイン・アンド・グローリー』(2019年/西)A
111『バンクシーを盗んだ男』(2017年/英、伊)B
110『ザ・ヤクザ』(1974年/米)A
109『健さん』(2016年/レスぺ)B
108『ゴルゴ13』(1973年/東映)D
107『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(2015年/伊)B※
106『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』(2020年/米)A
105『真犯人』(2019年/韓)B
104『ダイヤルM』(1998年/米)B※
103『ダイヤルMを廻せ!』(1954年/米)A
102『私は告白する』(1953年/米)A
101『黄泉がえり』(2003年/東宝)B
100『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年/米)B
99『ワンダーウーマン 1984』(2020年/米)B
98『博士と狂人』(2019年/英、愛、仏、氷)C
97『追悼のメロディ』(1976年/仏)A※
96『デ・パルマ』(2015年/米)B
95『ブルース・スプリングスティーン 闇に吠える街 30周年記念ライブ2009』(2009年/米)B
94『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・バルセロナ』(2003年/米)A
93『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・ニューオリンズ2006~ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバル』(2006年/米)B
92『ウエスタン・スターズ』(2019年/米)B
91『水上のフライト』(2020年/KADOKAWA)C
90『太陽は動かない』(2021年/ワーナー・ブラザース)C
89『ファナティック ハリウッドの狂愛者』(2019年/米)C
88『ミッドウェイ』(2019年/米、中、香、加)B
87『意志の勝利』(1934年/独)A
86『美の祭典』(1938年/独)B
85『民族の祭典』(1938年/独)A
84『お名前はアドルフ?』(2018年/独)B
83『黒い司法 0%からの奇跡』(2019年/米)A
82『野球少女』(2019年/韓)B
81『タイ・カップ』(1994年/米)A※
80『ゲット・アウト』(2017年/米)B※
79『アス』(2019年/米)C
78『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2018年/米)C
77『キング・オブ・ポルノ』(2000年/米)B※
76『怒りの葡萄』(1940年/米)A
75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※

61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B※
4『宇宙戦争』(1953年/米)B※
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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