『伝説の史上最速投手 サチェル・ペイジ自伝』サチェル・ペイジ😁😳🤔🤓

Maybe I’ll Picth Forever
草思社 翻訳:佐山和夫 定価1900円=税込 上巻第1刷:1995年11月24日

メジャーリーグでは今年から、ニグロ・リーグの記録もメジャーの公式記録と同等に扱うことになった。
ニグロ・リーグとはよく知られている通り、まだメジャーでは白人の選手しかプレーできなかった時代、黒人の選手だけで組織され、1910年から約50年間、独自の興行と試合を行っていたリーグである。

こうなると、投手の通算登板試合数と勝利数において、100年以上に及ぶメジャーの球史に残る偉大な白人投手たち全員を差し置き、ダントツのトップに立つのがサチェル・ペイジだ。
なにしろ、リーグ草創期は記録が不明、もしくは消失しているものの、少なく見積もっても2500試合に登板して2000勝以上も勝ち、ノーヒットノーランも100試合以上やっているというのだから。

それほど桁違いの投手だっただけに、今に残る伝説のスケールも空前絶後で、ストレートの最高速度は170㎞以上出ていたとか、満塁の場面で主力打者と勝負する直前に外野手を全員座らせてから見事に打ち取ったとか、眉に唾つけたくなる逸話も少なくない。
では、実際にはどんなタイプの投手で、どのようなピッチングスタイルだったのか、ペイジ自身がこの自伝で最も強調しているのは、コントロールがよかったということである。

これは天性の素質であったらしく、10代で強制的に収容されていた教護院で野球を始めたところ、たちまち指導者にその素質を見抜かれ、「その腕で食えるようになるぞ」と言われたという。
18歳でブラック・ルックアウツというセミプロのチームに入ると、ホームベースのそばにソーダ瓶を10本並べ、すべて1球ずつで倒せるかどうかという賭けを監督に持ちかけられ、見事に勝って晩飯をおごらせた。

練習を重ねるにつれてコントロールに磨きがかかり、フェンスに空けた人の頭ぐらいの大きさの穴に投球を通したり、ケーキの上を覆った砂糖菓子の部分だけを速球で跳ね飛ばしたり。
それほどコントロールがよかったから、豪速球が投げられなくなっても野球を続けていられたのだ、とペイジは言う。

さらに驚くべきは、超人的と言うほかないスタミナだ。
ペイジはニグロ・リーグのシーズン公式戦だけでなく、シーズンオフにもギャラほしさ(ペイジは大変な浪費家でもあった)に全米の様々なチームに出稼ぎに行き、多いときは1年に153試合投げていたという。

この自伝が単なる法螺話と思えないのは、ペイジが肘を痛めたり、度重なる胃痛に苦しめられたりして、何度か引退(というより本人の感覚では廃業か)を覚悟したこともある、と書いてあること。
また、若さと勢いで一緒になった最初の結婚に失敗し、子持ちの女性を見初めて再婚しているあたりは、今時も変わらない平凡な男のようで、読んでいて微笑ましくなる。

ニグロ・リーグではベーブ・ルース並のスーパースターだったが、長らく憧れていたメジャーリーグからは一向に声がかからず、聞こえてくるのは「もしペイジが白人だったら」という声ばかり。
それでも、黒人初のメジャーリーガーになるのは俺しかいない、と思っていたら、1947年にドジャースに入団したジャッキー・ロビンソンに先を超されてしまった。

しかし、翌1948年にインディアンズとの契約に漕ぎ着け、42歳という当時としては史上最高齢でメジャー初勝利をマークする。
こうして野球人としての功績を認められ、引退後の71年には黒人初の殿堂入り選手となったが、メジャー在籍10年という資格を満たしていなかったため、特別枠での殿堂入りとされ、この処遇が差別的だとして米球界で議論の的になった。

生来の性格なのか、自伝を書いたときにはすでに高齢だったからか、あるいは出版社や編集者の判断によるものか、ペイジ自身は長年受けてきた差別について、恨みがましいことはほとんど口にしていない。
そのぶん、ペイジの心中を思いやった野球ジャーナリストのデヴィッド・リップマン、本書の訳者・佐山和夫のあとがきが胸に沁みる。

下巻第1刷:1995年11月24日

😁😳🤔🤓

2021読書目録
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22『レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実』スティーヴン・バック著、野中邦子訳(2009年/清流出版)😁😳🤔🤓
21『回想』レニ・リーフェンシュタール著、椛島則子訳(1991年/文藝春秋)😁😳🤔🤓
20『わが母なるロージー』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2019年/文藝春秋)😁
19『監禁面接』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2018年/文藝春秋)😁
18『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳(2020年/集英社)😁😳🤓🤔
17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
13『喰うか喰われるか 私の山口組体験』溝口敦(2021年/講談社)😁😳😱🤔🤓
12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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