記者のひとりごと/最終回『野球三昧』

☆当コンテンツについては〈上野隆プロフィール〉をご参照ください。

○心斎橋総合法律事務所報『道偕』2003年11月号掲載

体を壊して長いこと自宅療養を余儀なくされたため、娯楽といえばテレビぐらい。読書は文字を追っかけているだけで疲れるので、スポーツ中継ばかりを見ていた。

松井のヤンキースがワールドシリーズに出場、日本ではダイエーと阪神の激突という日本シリーズがあり、10月などは野球三昧の日々だった。日米ともに楽しめた。

ただ大リーグのほうはヤンキースが勝つと思っていたので、わずかながらとはいえ不満が残った。それはヤンキースの覇気の薄さだった。

当事者たちにそんな気持ちは全くなかったと思うが、相手のマーリンズが負けて元々という姿勢でプレーしていたのに対し、ア・リーグの常勝軍団は受けて立つ姿勢が見えて仕方がなかった。

例えば第1戦で負けた際に選手が総じて淡々としていた点にもうかがえた。ディビジョンシリーズ、リーグ優勝決定シリーズと常に初戦は黒星だったため、最後はオレたちが勝つという余裕がうかがえた。

この心理が悪いというのではない。常に勝っているチームは先の先を計算しながら戦うという習慣が身につきやすいものだ。

ワイルドカードから勝ち抜いてきて失うものは何もないマーリンズのようなチームと戦う場合、余裕は逆にマイナスとなる。活躍の目立った松井を第5戦から4番に据える策も実らなかった。

日本シリーズは本拠のチームがすべて勝つ史上初のシリーズになった。ある阪神ファンは「これじゃ4つできるダイエーのほうが有利。不公平」とぼやいたが、これは結果だから仕方がない。

私としては絶妙のタイミングで星野監督勇退を流した阪神のうまさもあって、阪神の4勝2敗か4勝3敗の予想をしていたが、外れた。

意見が分かれるのは第6戦の伊良部起用だと思う。甲子園で3連勝して福岡に乗り込んできた星野監督にすれば、公式戦で奮闘してくれた伊良部にもう一度チャンスを与えたかったのだろう。

だが、勢いに乗じて最もダイエーに通用しそうな投手を投入する手は、素人考えといえども確かにあった。

◎元朝日新聞記者・上野隆さんの『記者のひとりごと』は今回をもって最終回となります。
上野さんはこの原稿が掲載されてから間もなく、2003年12月12日に51歳という若さで他界されました。
当ウェブサイト〈アカサカサイクル〉の旧バージョンからこの連載を始めて13年、ご協力頂いた奥様、上野さんの薫陶を受けた朝日新聞運動部記者の方々に改めて御礼申し上げます。


スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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