昨年3月7日に放送された『独占告白 渡辺恒雄〜戦後政治はこうして作られた〜昭和編』の続編で、随分と待ちかねていたから、放送されると知ると飛びつくようにして観た。
それにもかかわらず、しばらくレビューを書く気になれなかったのは、個人的に期待していた内容とはいささかかけ離れた作品になっていたからである。
『昭和編』放送当時にこの『平成編』が制作されることは予告されていたが、それから1年以上も時間がかかった理由は、昨年来のコロナ禍で95歳の渡辺にロングインタビューを行うことが憚られたためだという。
そうした事情もあってか、渡辺個人の主張にフォーカスしていた『昭和編』とは異なり、政治家の福田康夫、鈴木宗男、小沢一郎、渡辺の評伝を書いた東大名誉教授・御厨貴など、渡辺とゆかりの深い人物たちにも取材。
彼らの証言から渡辺の人物像と、渡辺が様々な分野において権力を恣にした平成時代を振り返る、という構成が取られている。
そうした中で、僕が最も興味を惹かれたポイントはやはり、2004年の球界再編騒動の最中、渡辺が暴言を吐いて、野球ファンのみならず一般社会からも大きな批判を浴びた事件。
渡辺が当時、一部の球団と諮ってプロ野球を2リーグ制から1リーグ制へ移行する計画を推進していたところ、これに選手会長・古田敦也(ヤクルト)をはじめとした選手会が猛反発。
恒例となっていた夜の会食後のぶら下がり取材で、古田が会談を求めてきたらどうするか、という趣旨の質問を受けて、「無頼なことを言うな。たかが選手が」と口走ったのだ。
この件に関して、渡辺はいまでも非常に不服らしく、「新聞記者に嘘の質問をされた」「(自分の暴言があっても)巨人の収入は減らなかった」「(1リーグ制は)球界を良くしようと思って提言したのに悪く取られた」などと自己弁護。
渡辺の元で巨人の球団代表を務めていた山室寛之はこの失言を「千慮の一失」と表現し、渡辺が「野球の深みというもの」を理解しておらず、野球の本質や野球人の心理とは「遠いところにいた」人間だと結論づけている。
もうひとつ面白かったのは、小泉純一郎首相が靖国神社への参拝を続けていることに渡辺が業を煮やし、朝日新聞社発行の月刊誌〈論座〉2006年2月号の巻頭対談に登場したこと。
真っ向から対立しているはずのライバル紙、朝日新聞の論説主幹・若宮啓文を相手に、小泉の行為と靖国の存在を批判した上、戦争責任の所在をはっきりさせるべきだ、と主張して意見の一致を見たのである。
このジャーナリズム史に残る対談を企画し、実現させた〈論座〉編集長(のち朝日新聞政治部長)・薬師寺克行は、これはいま台頭しつつある右派的言論に対する反論であり、渡辺、若宮が現代の若者たちに残そうとしたメッセージだと強調。
僕の古巣・日刊ゲンダイのチンビラ(駅売店やコンビニのカゴに下げられるビラ)を持ち出した若宮は、『月刊論座「朝読共闘宣言」』という見出しを見せながら、「駅(構内)を歩いていてびっくりしたんですよ」と語っている。
若宮はこの対談を通して、渡辺は右翼や民族主義者だとよく言われるが、そのどちらでもない「リアリスト」であると定義し、インタビュアーの大越健介もこれに同調。
僕のようなマスコミ業界の隅っこにいる人間も含めて、一般大衆が〝言論界のドン〟渡辺に対して抱いてきた保守的かつ高圧的なイメージとは異なる一面を浮かび上がらせることに成功している。
しかし、そうした渡辺像を観終わってつくづく感じたのは、かつてあれほど恐れられ、絶大な影響力を誇った天下のナベツネも、もはや確実に過去の人になりつつある、ということだ。
制作者が意図しているのといないとは別に、どれほどの権力者であっても時の流れには抗えない、という冷徹な現実を、95歳になった渡辺のインタビュー映像は残酷なまでにはっきりと表している。
オススメ度A。