『レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実』スティーヴン・バック😁😳🤔🤓

Leni 
清流出版 翻訳:野中邦子 初版第1刷:2009年7月20日 定価2600円=税別 
原書発行:2007年

レニ・リーフェンシュタールのドキュメンタリー映画『レニ』を観た後、すぐに読み始めたのは、実は前項で取り上げたレニの自伝『回想』ではなく、こちらのスティーヴン・バックによる評伝のほうだった。
しかし、あまりの面白さにぐいぐい引き込まれていくうち、あらかじめレニ本人の詳しい言い分を読んでおいたほうがもっと興味深く読めるだろう、と判断。

そこで、レニとヒトラーの出逢いに差し掛かったところでいったん中断。
自伝『回想』の同じくだりを読んでから本書に戻り、またある程度『回想』を読み進めては同じ時期と出来事について記されている本書に当たる、という行ったり来たりを繰り返した。

最終的に、順番としては当初の予定通り、先に『回想』、続いて本書を読了。
両者で内容の異なるポイントとして最も重要なレニとヒトラーのやり取り、及びふたりの関係性については、ヒトラーが終戦と同時に自殺しており、生涯独身だったヒトラーの女性関係が謎に包まれているため、レニの言い分をそのまま受け取るしかない、とバックは言う。

ただし、『回想』に書かれている当時の著名な映画人との関係、例えば名匠ジョセフ・フォン・スタンバーグに相談を持ちかけられたとレニが書いているくだりなどについては、スタンバーグ自身の証言や様々な傍証を列挙し、巧妙な作り話である可能性が高い、と指摘。
また、レニは戦後、終始一貫、ナチスによるユダヤ人虐殺は知らなかった、私自身はユダヤ人を差別したことはないと言い続けていたが、自分に批判的なユダヤ人についてはその限りではなく、ナチスが政権を握ればそういうユダヤ人たちはいなくなってしまうだろう、と知人に仄かしたこともあったという。

また、ポーランドの小さな町コンスキーにおけるユダヤ人虐殺をレニが知らなかったと主張し、欧米諸国のマスコミに再三ウソだと批判され、裁判沙汰になった問題についての検証も興味深い。
当時のレニ周辺の様々な状況を再現し、虐殺の現場にいたナチスの軍人の回想録も引用した上で、レニが虐殺を知らなかったとは考えられない、としている。

さらに、レニが戦時中に制作し、戦後の1954年に公開にこぎつけた監督・主演映画『低地』(『回想』の邦訳では『低い土地』)に、強制収容所に入れられていたジプシーをエキストラとして出演させた問題。
レニはあくまでも無償で出演の合意を得たと主張していたが、これもバックの調査によれば事実は異なり、レニはジプシーたちに高額の出演料を渡していたという。

レニは戦後、アフリカのスーダンに住む原住民ヌバの写真集によって写真家として復権、一時は「借金まみれ」だったいうほど困窮を極めた生活から脱することに成功する。
ただし、そのヌバとの最初の出会いについて、レニは『回想』であたかも運命的な巡り逢いであったかのように書いているものの、実際は1951年、『ナショナル・ジオグラフィック』に掲載されたイギリス人フォトジャーナリスト、ジョージ・ロジャーの写真に触発されたのがきっかけだった。

ロジャーの写真を初めて見たレニは早速、私にヌバを紹介してくれれば謝礼として1000ドル払うと手紙で伝えたが、ロジャーはもちろん断りの返事を送ったと、バックはその文面まで紹介。
レニが撮影に当たってヌバにまたもや金銭を渡しており、これが彼らの近代化(堕落)に結びついたのだと研究家に新聞紙上で指摘、批判された経緯と内容も詳しく綴っている。

最後には、映画『レニ』の監督レイ・ミュラーがバックのインタビューに応え、撮影と制作の内幕を吐露。
ミュラーは当初、もうだいぶほとぼりも冷めただろうからと、著名な映画人たちに「レニをどう思うか?」と問いかけ、冒頭にそのインタビュー映像を並べようと考えていたが、ヴィム・ヴェンダースをはじめ、軒並み取材を断られたという。

それほど、ヒトラーとナチスの庇護を受けていたレニに対する映画界の拒否反応は強く、彼女が101歳で亡くなるまで払拭されることはついになかった。
終盤、レニの『オリンピア』2部作『民族の祭典』『美の祭典』(1938年)自体は素晴らしいドキュメンタリーで、その影響とまったく無関係な映画は世界に1本も存在しないと言ってもいいほどであると、著者バックは最大級の賛辞でレニの才能を称揚している。

しかし、バックが綿密に取材・調査した限りにおいて、レニは結局、ヒトラーやナチスとの関係について改悛の情を一片も示さず、恐らくそういう忸怩たる思いを内心で抱いたことすらなく、この世を去った。
こういう映画人を是とするか非とするかは、あくまでも読者の判断に委ねられている。

😁😳🤔🤓

2021読書目録
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21『回想』レニ・リーフェンシュタール著、椛島則子訳(1991年/文藝春秋)😁😳🤔🤓
20『わが母なるロージー』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2019年/文藝春秋)😁
19『監禁面接』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2018年/文藝春秋)😁
18『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳(2020年/集英社)😁😳🤓🤔
17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
13『喰うか喰われるか 私の山口組体験』溝口敦(2021年/講談社)😁😳😱🤔🤓
12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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