この映画は日本で劇場公開された翌年の1996年ぐらいに赤羽のレンタルビデオで借りたVHSで観た後、WOWOWで放送された2012年に再見した。
放送当時はすでに、VHS、LDともに絶版となっており、DVD化もされていなかったが、現在はAmazonプライムビデオなど、ネット配信で観ることができる。
かつて「球聖」と呼ばれ、野球殿堂入り第1号となった実在の伝説的大リーガー、タイ・カッブ(トミー・リー・ジョーンズ)が、現役引退から30年後の1960年ごろ、スポーツライターのアル・スタンプ(ロバート・ウール)に自伝を書いてもらいたいと依頼する(※映画のタイトル「カップ」は誤発音が定着したもので、「カッブ」が正しい)。
このスタンプもカッブと同じく実在の人物で、彼が代筆したカッブの自伝も1961年に出版された。
オーソードクスな伝記映画なら、その自伝の内容に沿ってオーソードクスに名選手像を描くところだが、この映画は違う。
本作に登場するカッブは、ワガママで尊大、アル中で女好き、守銭奴で業突く張り、人種差別主義者であることを隠そうともしない上、逆にひけらかして一向に恥じるところがない。
とくに、伝統あるホテルのパーティーで支配人にスピーチを求められ、「このような素晴らしいセレモニーにニガーがいるのはまことに嘆かわしいことだ」などとのたまう。
それでいて、「わしを人間としても野球選手としても偉大な英雄であると書け」とスタンプに強要するのだ。
自邸にスタンプを招き入れたカッブは張り切って自伝の制作に臨み、タイプライターの前に座ったスタンプに序文の第1行をどうするかと聞かれると、悦に入った表情で「偉大なる英雄、ここに眠る」とのたまう。
スタンプがキョトンとした表情で「自伝で自分のことを偉大なる英雄と言うのはおかしいですよ」と至極まともな指摘をしたら、突然ブチ切れたカッブは拳銃でタイプライターをズドン!
このシーンは僕のようなライターにとって、笑えるという以上に大変強烈だ。
以降、ライターとして元スターや元有名選手とつきあっていると、相手がこういうふうに見えてくる、こう感じることもしばしばある、という意味で、思わずうなずきたくなる描写が延々と続く。
実際、カッブは現役時代からラフなプレースタイル、粗暴な性格、過激な言動をしばしば批判されており、年老いてから自伝を発表しようと考えたのも、そもそもはそうした数々の悪評を払拭するためだった。
だから、人生の晩年に決意した自伝の執筆には真摯に取り組むはずだ、と思っていたら、やっぱりカップはとんでもないヤツだった、というスタンプの暴露話を、本作は映像化しているのである。
だから、この映画には、実際にスーパースターと呼ばれた人間、及び昔気質の元プロ野球選手の手記や自伝を書くため、構成を担当した私のようなライターにしかわからない面白みがある。
そんなこと言ったら、おまえみたいな物書きにしか楽しめないということじゃないか、と言われそうだが、そうなんですよ、A先生にも自分だけが楽しめる映画の1本ぐらいあってもいいでしょう。
劇場公開当時には、カッブがあまりにも露悪的にカリカチュアライズされ過ぎている、という批判もあった。
確かに、例えばコールガールを抱こうとしても肝心のモノが言うことを聞かず、仕方なく彼女に大金を渡して拳銃を突きつけ、「カップさんはすごかった、何度もイカされた、と言いふらせ」と迫るシーンなどは、たとえ事実であってもやり過ぎだろう。
しかし、これはぼくのようなライターだから抱いた感慨かもしれないが、そんなカップを観ているうち、独特の可愛さや人間味が感じられ、だんだん本作のカップ像に引き込まれてしまうのだ。
決して自分を飾らず、嫌になるくらいありのままの自分を見せつけた上で、おれの自伝を最高の偉人伝にしろ、とスタンプに迫るカップは、ある意味、非常に純粋で正直な人間なように思えてくる。
じっくり再見しているうち、こういう強烈な個性の持ち主が最近は少なくなったなあ、という古株の野球記者ならではの感慨もわいてきた。
そんなカッブの自伝を書くに当たって、ほとほと嫌気が差していたスタンプは何を企み、どのように腹を括ったか。
いつか自分もスターや有名人の本格的な自伝や評伝を書いてみたい、つくってみたい、と思っている編集者とライターは全員見るべし。
監督はケヴィン・コスナー主演『さよならゲーム』(1988年)のロン・シェルトンで、暴露的なエピソードが満載の割りに、独特のノスタルジックな雰囲気を醸し出しており、観終わった後もある種爽やかな印象が残る、というのもまた、ぼくだから抱いた感想かもしれないが。
お勧め度は断然A。
旧サイト:2012年02月3日(金)付Pick-up記事を再録、修正
ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨 D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録
80『ゲット・アウト』(2017年/米)B※
79『アス』(2019年/米)C
78『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2018年/米)C
77『キング・オブ・ポルノ』(2000年/米)B※
76『怒りの葡萄』(1940年/米)A
75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※
61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C