「毎日テレビで無観客のオリンピックを観ていると、出場しているアスリートたちに申し訳ないような気がしてくるね。
だって、今回が一生に一度の出場になるかもしれない、という選手が大勢いるわけでしょう」
先日、同世代のプロ野球OBと電話で話していたら、彼が不意にそんなことを言い始めた。
57年ぶりとなった今回の自国開催、きのう30日の時点で金メダル17個と史上最高を記録したけれど、「お客さんの声援があったら、若手もベテランももっと活躍して、もっとメダルを取っていたかもしれない」というのだ。
確かに、今大会はフェンシングの男子エペ団体、柔道の男女、競泳の大橋悠依、体操の橋本大輝、スケートボードの西矢椛など、目覚ましい活躍を見せた新鋭が大勢いる一方、金メダルの本命と見られながら、まさかの敗北を喫したケースも目立つ。
バドミントンの桃田賢斗、体操の内村航平、トランポリンの森ひかる、シングルス準決勝でストレート負けした卓球の伊藤美誠、それにシングルス3回戦でやはりストレート負けした聖火最終ランナー、テニスの大坂なおみ。
そうしたアスリートたちは、有観客なら会場に姿を現した途端、観客席から大声援で迎えられたはず。
まして、大坂や伊藤のようなスターなら、対戦中に劣勢に回っても、ここで踏ん張れ、底力を見せろ、私たちが後押しする、力を引き出してあげるから、と言わんばかりの拍手、足踏み、絶叫が巻き起こったに違いない。
そう言えば、もっと若い別のプロ野球OBも、「僕たちの場合、ヒットを打たせてくれるのも、いいプレーをさせてくれるのもお客さんなんです」と強調していた。
例えば、現役の晩年、代打で起用されたときは「そこで結果に差がつくことが多かった」という。
「ピッチャー××に代わりまして誰々って、名前がアナウンスされるでしょ。
そのとき、例えば◯◯だったら、ウワアアーーーーッ! とスタンドが盛り上がるわけですよ。
ところが、引退した年の僕だったりすると、エエ〜〜〜〜ッ、何だ、アイツかよって、逆にため息やガッカリした声が聞こえてくる。
現役のときは言えなかったけど、そこで結構、心が折れたりするんだよね、プロ野球選手って」
以前、何度かインタビューした2004年アテネ五輪金メダリストのマラソンランナー・野口みずきさんは、ゴールした瞬間、大観衆の拍手と歓声を浴びる喜びをよく強調していた。
そもそも、社会人でマラソンを続けようと思ったのも、高校3年生だった1996年、ワコール陸上部の第1期生・真木和が名古屋国際女子マラソンで優勝した姿に憧れたからだった。
「かっこいいなあ、と思いました。
ゴールにすごい人がいて、そこに一番で真木さんが入ってきて」
真木さんが一番でゴールテープを切る姿を見て、そういうのに憧れたんですね?
「はいっ! そういうの、大好きなんです!」
2000年シドニー五輪の女子マラソンで、高橋尚子さんが日本人として初の金メダルを獲得したときはどうでしたか。
テレビ中継で観ていたと思いますが。
「これが自分だったら、と思いました。
私だったら鳥肌立つなあって」
アスリートのモチベーションの源は、決して勝利という結果、金メダルという物にだけあるのではない。
そういう自分を祝福してくれる観衆の熱気、笑顔、拍手、歓声、そういうものが渾然一体となって、アスリートの周りに作り上げる空気と不可分なのだ。
しかし、これほど新型コロナウイルスの感染拡大が急激に進んでいる最中、東京オリンピックのアスリートがそんなことを公の場で堂々と口にしたらどうなるか。
それこそ、「いま世の中がどうなっているかわかっているのか」「言っていいことと悪いことがあるぞ」などと、有名な選手ほどSNSで批判や罵声を浴びせられかねない。
そういう意味で、ある程度年齢を重ねた元アスリートのプロ野球OBが、東京オリンピックに参加している選手たちを不憫に思い、「申し訳ない」と感じる気持ちはよくわかる。
決して、彼が悪いわけではないのだが。
このBlogを書いている最中、きょう一日の東京の新規感染者数は4058人で、過去最多をまた更新した、と発表された。
スポーツの会場に観客が戻って来られる日がいつになるのか、いまはまだ想像もつかない。