舞台はロンドンのアパート、そのリビングルームでオペラを聴いていた81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)の元に娘アン(オリヴィア・コールマン)がやってきて、介護士のアンジェラに暴言を浴びせ、精神的な重圧をかけたことをなじる。
せっかく苦労して見つけてきた介護士なのに、と言い募るアンに対して、アンソニーはアンジェラが私の腕時計を盗んだからだ、このままでは素っ裸にされてしまうと思ったんだ、と反論。
そんなアンソニーに対して、アンはもうこのアパートに来ることはできない、私は心から愛している新たなパートナー、ジェームスという男性とパリに引っ越すことにした、と告げる。
翌朝、アンソニーがリビングに入ると、見知らぬ男(マーク・ゲイティス)が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいて、きみは誰だと尋ねたら、男はアンの夫ポールと名乗り、「このアパートは僕たちの家で、お義父さんは介護士のアンジェラと面倒を起こした後、ここへ引き取られてきたのです」と説明される。
そこへアンが戻ってくると、冒頭のオリヴィア・コールマンではなくオリヴィア・ウィリアムズになっていて、アンの買ってきた鶏肉を持ってポールがキッチンに消える。
アンソニーがそのポールについてぼやいたら、アンは「私には夫はいない、もう5年も前に離婚したのに忘れちゃったの?」と苦笑いを浮かべて首を振った。
そうした不可解な場面の連続は、どうやら認知症を患ったアンソニーの知覚を通して描かれた世界であるらしい、ということが観ているうちにだんだんわかってくる。
もちろん、完全な妄想の産物ではなく、アンソニーが現実に接した相手や出来事が彼の頭の中で書き換えられた世界であり、高齢者が何度も同じ話を繰り返すように、アンソニーの目を通して見た周りの人間たちも同じ言動を繰り返し、アンソニーもまた同じ疑念を抱いたり、癇癪を爆発させたりする。
原作はフランス人劇作家フロリアン・ゼレールによる同題戯曲で、2012年のパリでの初演以降、ロンドンのウエストエンドやニューヨークのブロードウェイなど、世界30カ国でロングランを続けている大ヒット作品。
自ら本作の監督も務めているゼレールは、主演のホプキンスに合わせて脚本をアテ書きして書き直し、主人公の名前をアンソニー、生年月日を1937年12月31日に変更したという。
ゼレールは本作の構成について「スリラー」を目指したと語っており、観客を「迷路のような入り組んだ世界」の中で彷徨わせながら、「喜びを感じるような感覚を維持させたいと考えた」という。
また、ゼレールの脚本の英訳、本作の共同脚本を手がけた脚本家クリストファー・ハンプトンは「気取った言い方に聞こえるかもしれないが、この映画は認知症を芸術的に描こうとした作品なんだ」と強調している。
治癒の不可能な認知症がテーマである以上、ハッピーエンドは待っていない。
それでも、アンソニーが予想だにしない一面を垣間見せるクライマックスは、われわれに老いの現実を容赦無く突きつけるとともに、そういう運命から逃れられない人間を見つめるゼレールの温かな視線を感じさせる。
2度目のアカデミー主演男優賞を受賞したホプキンスの演技については、改めて言うべきことはない。
僕の両親も1930年代生まれでホプキンスと同世代であり、老いと認知症は洋の東西を問わず、人類にとって普遍的なテーマであることを再認識した。
採点は90点です。
TOHOシネマズシャンテ、池袋シネマ・ロサ、吉祥寺プラザなどで上映中
2021劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)
2『ゴジラvsコング』(2021年/米)70点
1『SNS 少女たちの10日間』(2020年/捷克)80点