『フリーソロ』(NHK-BSP)🤗

Free Solo
100分 2018年 アメリカ=ナショナルジオグラフィック・ドキュメンタリー・フィルムズ
日本公開:2019年 アルバトロス・フィルム

フリーソロとは、ロープ、ピッケル、ハーケンのような器具も安全装置も一切使わず、ひとりだけ、文字通り「身一つ」で山壁を登り切るクライミングのこと。
使えるのは腰に巻いたサコッシュに入っている滑り止めのパウダーだけ、という死と隣り合わせの究極のスタイルである。

本作は、このフリーソロの第一人者として知られるアレックス・オノルドの半生と、彼がフリーでは前人未踏の米国最高峰、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園に聳え立つ975メートルの断崖絶壁エル・キャピタンに挑戦する姿を描いている。
至近距離で撮影に当たった監督(エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィと共同)兼任のジミー・チン、クレア・ポプキン、マイキー・シェーファーも経験豊富なクライマーで、彼らはアレックスの辿るルートに沿ってロープにぶら下がり、アレックスに向かってカメラを回し続ける。

一見、冷静に黙々と上っているかのように見えるアレックスだが、もちろん恐怖心を抱いていないわけではない。
本作では同じフリークライマーとして世界的に勇名を馳せ、様々なメディアに大きく取り上げられながら滑落死した前例が数多く紹介されている。

思わず心臓がドキリとしたのは、足を滑らせた直後に背負っていたパラシュートを開き、危うく難を難を逃れたクライマーの映像だ(このクライマーものちに転落死したことがテロップで示される)。
アレックス自身、滑落して大ケガを負った経験があり、インタビューに答えて淡々とアクシデントについて語る表情の内側でどれほどのストレスやプレッシャーを抱えているのか、僕のような高所恐怖症の凡人には想像もつかない。

そういう〝仕事〟で世界的有名人となった恋人をどう思うか、もうクライミングをやめてほしくはないか、チンとヴァサルヘリィはアレックスの恋人サンニ・マクキャンドレスにもインタビューを試みている。
しかし、このドキュメンタリーの製作において、最も際限がなく、答の見つからない葛藤を続けていたのは、チンとヴァサルヘリィをはじめとする撮影スタッフではないだろうか。

フリーソロの撮影は、クライマーの「生」を撮っているはずが、一瞬で「死」を撮ることになりかねない。
命綱をつけずに上り続けるアレックスのすぐそばでカメラを回す行為がアレックスにプレッシャーを与え、クライミングに悪影響し、それが転落につながって、アレックスの死の瞬間を撮影することになる可能性も常にある。

エル・キャピタンへの挑戦はぶっつけ本番ではなく、最初はロープをつけ、器具も使い、クライマーの先輩トミー・コールドウェルのサポートを受け、入念なルート探索が行われた。
その最中、700メートルを越えたところでアレックスは足を滑らせ、宙吊りになっている。

フリーソロの本番で同じことが起これば、これは即座にアレックスの死を意味する。
それでもアレックスは、死の恐怖を体感しながら、断崖絶壁を登り切ったときの「達成感」は何物にも代え難い、と淡々とした口調で語る、たとえそれがほんの一瞬、胸をよぎる感覚に過ぎなくても。

こうして、上るアレックスも、彼を撮るスタッフも、全員が人生を賭けてエル・キャピタンに挑む。
本作のクライマックスで映し出されるのは決してスリルやサスペンスではなく、生きる意味を問う行為そのものだという気がする。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
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17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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