滝良彦は愛知県出身のプロ野球投手で、1952~59年に毎日(大毎)オリオンズ、高橋ユニオンズ、大映ユニオンズなどでプレーし、通算8年間で213試合に登板、44勝63敗、防御率3.20という成績を残した。
球史において傑出した存在とは言い難く、私自身、この本を手に取るまで、滝という投手の存在を知らなかった。
タイトルにもある通り、そういう「無名」の野球人が一冊の本になったのは、彼が南山大学OBとしては唯一のプロ野球選手であり、著者が大学の後輩に当たる人物だからだ。
著者は滝のプロ時代について触れる前、390ページある本の前半を費やし、滝が生まれ育った時代の愛知県の野球事情、南山大学の歴史と沿革を詳細につづっている。
戦前にまで遡るほど昔の話だから、滝個人の半生や球歴を紹介するだけでは、滝の人と為りが正確に伝わらないと考えてのことだろう。
そういう意味では懇切丁寧な記述なのだが、それ以上に、著者の強烈な郷土愛、母校愛があまりに過剰に感じられることも確かである。
しかし、こういう個人的モチベーションによって書かれた本ならではの面白さも盛り沢山。
とくに終戦直後、名古屋で軟式野球が隆盛を極め、様々な大会が開催されていた中、「名楽園」という遊郭のチームが強かった、というくだりが印象深い。
生真面目ながら下世話な好奇心を抑えきれない著者は、名楽園との試合には遊女が大勢客席に駆けつけたのか、名楽園の選手たちは勝ったら遊女に〝祝福〟してもらったのか、などと滝に質問。
そのたびに、「そんなことはない」と滝に毅然と撥ね付けられ、「私は自分を恥じた」と正直に書いているところが笑える、もとい、好感が持てる。
滝のプロ時代を追跡した後半では、生前の野村克也をはじめ、有本義明、佐々木信也、杉下茂、土井正博、中西太、若生智生など、私も駆け出しの野球記者だったころにお世話になった球界人が多数登場。
著者も彼らの話が面白かったのか、インタビューの内容がしばしば本筋から脱線した余談に走るのだが、それがまた私のような世代にとってはこの本独特の読ませどころになっている。
本書を読む限り、滝は決してずば抜けた剛球を投げる投手でもなければ、プロならではの尖った個性の持ち主でもなかった。
1954年に創設された急造球団、高橋ユニオンズにおいて球団初の開幕投手に抜擢されたことも、いまや球史においては大きな意味を持っていないかもしれない。
ただ、滝がそういう「無名」の投手だっただけに、プロ野球界の変遷に翻弄されながらも地道な努力を続け、開幕戦のマウンドに立ったという事実が、セピア色の光を伴って読む者の眼前に迫ってくる。
いわゆる正統的なノンフィクションとは趣を異にする作品だが、滝が亡くなる直前まで親交を保ち、熱心に取材を続けた著者の愛情が溢れた労作と言っていい。
😁🤓
2021読書目録
面白かった😁 感動した😭 泣けた😢 笑った🤣 驚いた😳 癒された😌 怖かった😱 考えさせられた🤔 腹が立った😠 ほっこりした☺️ しんどかった😖 勉強になった🤓 ガッカリした😞
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔🤓