『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(WOWOW)🤗

Les traducteurs 
105分 2019年 フランス、ベルギー 日本公開:2020年 ギャガ

これは面白かった!
フランスの謎のミステリ作家によるベストセラー『デダリュス』シリーズ第3作『死にたかった男』の発表が決まり、版元のアングストローム出版社は世界各国での同時発売を狙って9カ国語の翻訳家を集め、一斉に翻訳作業をスタートさせる。

事前に作品の内容が流出し、盗作や海賊版が流布されることを警戒した社長エリック(ランベール・ウィルソン)は、人里離れた邸宅の地下シェルターに9人の翻訳家を軟禁状態に置く。
多額の報酬と引き換えにスマホやパソコンを預けさせ、インターネットへのアクセスや私用電話を禁じ、全480ページある作品も毎日20ページずつしか渡さず、契約期間中はひたすら翻訳に没頭しろと言うのだ。

翻訳家には一流ホテル並みの個室が与えられ、レストランでは毎晩プロのシェフが豪勢な料理と高級ワインを振る舞う。
さらに、プールやボーリング場、一生かかっても観られないほどの作品を揃えた映写室まで完備されており、不平不満が出ないように至れり尽くせり。

よくこんな突飛なアイデアを思いついたものだと感心したが、元ネタはれっきとした実話だという。
『ダ・ヴィンチ・コード』(2003年)で有名な作家ダン・ブラウンの〈ロバート・ラングドン〉シリーズ第4作『インフェルノ』(2013年)の翻訳版が出版されるとき、内容の違法流出を遅れた版元のダブルデイ社が6人の翻訳家を地下室に閉じ込め、イギリスのデイリー・ニューズに報じられて大きな話題となったのだそうだ。

しかし、実話をはるかに上回る徹底ガードを嘲笑うかのように、『死にたかった男』の原稿は序盤で外部に流出。
盗んだ犯人からエリックの元に「冒頭20ページをネットに公開した。24時間以内に500万ユーロを支払わなければ、次の100ページも公開する」という脅迫メールが届く。

支払いを拒んだエリックは、翻訳家の中に犯人がいると決めつけ、誰かが疑わしいと見ると、怒鳴りつけたり、暴力を振るったり、銃を突きつけたり。
さあ、どうなるのかと思ったら、場面はいきなり2カ月後に飛び、刑務所の面会室で犯人と対峙しているエリックが映される。

最初のうちは犯人が映されず、面会室と地下室とを行ったり来たりしながら真相に迫っていくのかと思ったら、中盤にきてあっさりと犯人が明かされ、どうやって原稿を盗み出したのか、犯人自ら語り始める。
これがなかなかスリリングでサスペンスフルな見せ場になっており、日本人ミュージシャン三宅純の音楽も効果たっぷり。

ただ、この盗みの手口がいかにもご都合主義的で、ミステリとしてはいまひとつかなと思っていたら、クライマックスで想像もしなかったどんでん返しが待っていた。
しかも、この種の映画としては珍しく、ハートウォーミングな人間ドラマを観たあとのように、一種爽やかな印象が残る。

個性豊かな翻訳家のキャラクターも魅力的で、それぞれの俳優も好演。
『デダリュス』のヒロイン・レベッカのファンのロシア人女性カテリーナ・アニシノバ(オルガ・キュリレンコ)、吃音症のスペイン人男性ハビエル・カサル(エドゥアルト・ノリエガ)、坊主頭のポルトガル人女性テルマ・アルヴェス(マリア・レイチ)、ジョイスを愛読しているイギリス人青年アレックス・グッドマン(アレックス・ロウザー)などなど、監督、脚本のレジス・ロワンサルはしっかり描き分けている。

その中で最も強烈なのは、夫や幼い子供を残して翻訳にやってきたデンマーク人女性ヘレン・トゥクセン(シセ・バベット・クヌッセン)。
もともと作家志望だった彼女がこの仕事を引き受けたのは、家庭を離れてひとりになれる2カ月間、小説の処女作を書き上げるためだったが、肉筆の原稿をエリックに取り上げられ、「おまえには才能がない」と痛罵される。

エリックに電気を切られた中、打ちひしがれたヘレンは「私は小説を書いて人を幸せにするのが夢だったけど、自分に才能がないのはわかっていたわ」と翻訳家たちに告白。
さらに、「でも、私はそれを認めたくなかった、小説を書く時間を奪われたと思って夫や子供たちを恨んだ、私は人生を誤った」と切々と打ち明ける場面はまことに痛切で、セザール賞女優クヌッセンの熱演も光る。

エリックの横暴ぶりにぶち切れた翻訳家たちが、9カ国語でわめき散らしながらこのワンマン社長を追い詰めてゆくシーンも凄まじいほどの迫力。
実際の翻訳家がこの映画を観たらどのような感想を抱くのか、機会があったら聞いてみたいと思いました。

オススメ度A。

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スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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