本作は巨人のV9監督として知られた川上哲治が没した翌年の2014年、プロ野球創立80周年を記念して制作された側面を持つ。
生前は「ドン」と異名を取り、長嶋茂雄との確執から怜悧で冷徹なイメージの強かった川上に、「時代をプロデュース(演出)した者」としてスポットを当てた視点と切り口が面白い。
川上が巨人の監督に就任するにあたり、アメリカ球史初のチームプレーの教科書、アル・カンパニスの著書『ドジャースの戦法』を参考にしたことはよく知られている。
前半では、同書の3分の2が守備のチームプレーについての記述に割かれており、川上がバントシフトや内外野の連携プレーなど、具体的にどのような部分を取り入れていったかが描かれる。
再現ドラマでは、川上を演じる永島敏行が『ドジャースの戦法』を1冊ずつ選手に配り、全部暗記して頭に叩き込めと諭す。
このとき、「きみたちは、野球は勝てばいい、打てばいいと思ってるだろう。俺も現役時代はそう思っていた」と、川上自ら選手に告白している場面が興味深い(実際にそう言ったかどうかはわからないが)。
川上は1961年、ベロビーチでキャンプを行い、カンパニスをはじめとするドジャース首脳陣にチームプレーの何たるかを巨人ナインに教え込んでもらう。
その後、日本のプロ球団が行ってきた海外キャンプは、温暖地での調整や親会社の経営するリゾート地の宣伝を目的としたケースが多かったが、当時の川上は野球のやり方を根本から変えるためにドジャースとの合同キャンプを実現させたのだ。
のちの主砲・王貞治が「バッティングよりシートノックの練習が多いことに驚いた」と言えば、先発の柱となる中村稔も「けん制を一回失敗したら一日中けん制の練習ばかり」と証言。
そうしたキャンプを通して、川上は選手たちの意識改革を進めていった。
一方で、監督の権力は絶対であるということを徹底させるため、厳しい罰金制度も導入。
サラリーマンの平均給与が月6万円だった時代に、遅刻やサインの見落としは1万円、投手がカウント2ストライク0ボールからヒットを打たれたら5000円など、細かい罰則を設定した。
さらに、その年にリーグ優勝して日本シリーズに出場すると、移動日に土砂降りの雨の中で打撃練習を敢行。
これも選手の根性を叩き直すというよりは、監督である自分の権威づけが目的で、「一番文句を言っていたのが広岡(達朗)と森(祇晶)だよ」と、生前の川上は笑いながら語っている。
後半では、新聞紙上で自分を批判した牧野茂をヘッドコーチに迎えた経緯と、牧野が書き残したノートの中身を詳しく紹介。
現在は野球殿堂に保存されているその牧野ノートを、日本シリーズで打ち込まれた元阪急・山田久志が初めて読み、「これじゃ勝てないわけだ」と語っている場面が印象に残る。
正直なところ、知識としてはすでに知っていることも多かったが、川上の野球を「時代の遺産」として捉え、当時の敵味方双方の選手たちに振り返らせている手法は極めて斬新。
NHKだけあり、インタビューに登場する球界OBの顔ぶれも非常に豪華かつ豊富で、彼らの貴重な証言にも説得力があった。
オススメ度A。