東京オリンピックの自転車ロードレース日本代表の座をかけて熾烈な戦いを繰り広げるレーサーたちを描いたドキュメンタリー。
たった2枠を争うのは、いまやベテランの域に達した世界的実力者の別府史之(36=本作放送時・以下同)、日本人で初めてツール・ド・フランスの表彰台に立った新城幸也(34)、彼らとは違って国内のプロロードチームで地道に実績を築いた増田成幸(35)。
前半の見どころは2019年4月28日、ウズベキスタンで行われたアジア選手権で、別府、増田に加え、窪木一茂、小石祐馬ら4人の選手が日本代表として参加。
このレースの成績次第では代表枠をもうひとつ増やせる可能性があったため、監督の浅田顕は実力と体調を考慮して増田をエースに指名、別府は窪木、小石らとともにアシストに回ることになる。
本作の主要登場人物3人の中で増田は最も実績に乏しく、この時点でのエース指名は異例とも言える抜擢だった。
もともとは理工系の学生で、卒業したら一流企業への就職を目標にしていたのだが、大学での研究の一環として人力飛行機のコンテストで記録を伸ばすために自転車を始めて、この競技の虜になったという。
一度は別府や新城のように海外のプロロードチームと契約したが、体調を崩し、成績が振るわず帰国。
2017年にバセドー病に罹って第一線を離れてから半年後の翌年5月、JBCF宇都宮ロードレースで復帰を果たし、見事に優勝したという不屈のヒストリーの持ち主でもある。
別府は本作の制作時、世界的なプロロードチーム、トレック・ファクトリー・レーシングに所属し、フランスを拠点に活動していた。
アジア選手権の約1カ月前、3月25日にフランスのグランプリ・ドゥナンに出場し、トップを争いながらゴール間際で落車して左鎖骨を骨折、全治2カ月と診断されていたことが、浅田の判断に影響を与えたのだろう。
結果、エースに抜擢された増田は7位、故障明けだった別府は27位に終わり、どちらも現状では力不足であることを痛感。
代表も2枠のままにとどまり、増田、別府に、UCIポイントランキングの上位にいる新城を加えた3人の戦いが本格化してゆく。
前半では別府のフランスでの私生活も紹介され、妻マリリンさん、5歳の娘・声美(コエミ)ちゃんに魚の手料理を振る舞う場面が微笑ましい。
別府のロングインタビューを観るのはこれが初めてだが、非常に穏やかな語り口で、どこか詩人のような雰囲気を感じさせる。
ここから本筋に絡んでくる新城幸也もこの年、練習中に左肘、左大腿骨骨折という大ケガを負っていた。
カメラは、その新城が群馬県高崎市で練習を再開した初日に密着、慎重に走りながらもカメラに向かって笑顔を絶やさないところに、「太陽のよう」と言われる彼独特の明るいキャラクターが伺える。
そうした様々な思いとヒストリーを抱えた3人が、2019年6月30日、静岡・富士スピードウェイでの全日本選手権で直接対決。
宇都宮ブリッツェンのチームとして参加する増田はアシストを受けられるが、海外のチームに所属する別府、新城はそれぞれひとりで戦わなければならない。
ただでさえ不利な条件下、2日前に母親を亡くしたばかりだった別府は、序盤からアタックをかける。
新城が「マジか」、増田が「まさか」と驚いている中、別府には集団のペースを上げ、他チームのアシスト選手をちぎり、少人数での対決に持ち込みたいという思惑があった。
レース映像に選手名のテロップを付けて展開を解説、要所要所で別府、新城、増田のインタビューを挟むこのクライマックスは大変わかりやすく、迫力もたっぷり。
著しくスタミナを消耗するロードレースならではの苦しさ、チーム戦略が再三練り直される目まぐるしさなど、この競技ならではの妙味と面白さがビンビン伝わってくる。
最後は156人の選手が52人にまで減り、最初に別府が遅れ、増田も脱落し、最後はゴール前100mで新城もシマノレーシングチームのエース入部正太朗にまくられてしまった。
結果、新城2位、増田8位、別府25位に終わり、3人の東京オリンピック代表選考ランキングはこの時点でこうなっている。
1位・増田 201.8ポイント
3位・新城 99ポイント
9位・別府 46ポイント
果たしてこの代表枠争いはどう決着するのか、と注目されていた翌年、新型コロナウイルスの感染拡大によって世界中の選考レースがストップしてしまった。
彼らがどのような決着を迎えたかは、本作撮影時にはまだわかっておらず、次作『栄光へのペダル〜ロードレース日本代表への激闘〜』に引き継がれることになる。
オススメ度A。