今年のアメリカ大統領選挙の最中、洪水のように放送された情報番組やドキュメンタリーの中で、最も面白かった作品のひとつ。
選挙戦の最中はトランプ、バイデン両候補の舌戦、両候補者の支援団体の衝突ぶりがセンセーショナルに報じられていたが、恐らく大半のアメリカ国民はここに登場してくる人たちのように、ある程度落ち着いて事態の推移を見守っていたのではないか。
通常のドキュメンタリーとは異なり、取材対象となる市民たちにカメラをあずけ、自分たちで日常生活や選挙活動を記録してもらうというユニークな手法が取られている。
そのせいか、自分の意見を語る市民たちがみんな、カメラの前で構えておらず、ごく自然な表情を見せているのが大きな特徴だ。
最初に登場するのはテネシー州に住むトーマス・バウアーという30歳の学生で、全米有権者の約4割を占めるミレニアル世代(1980年代〜2000年代初頭に生まれた世代)。
彼は2年前にアート系でトップクラスのニュースクール大学院を卒業したものの、16万1000ドル(約1700万円)に上る奨学金を返済できないまま、同棲している恋人、大学院生でドイツ語講師のケルシー・ローリー(27)の稼ぎに頼らざるを得ない。
アメリカでは学生ローンの債務者が約4400万人、負債総額は約1兆5000億ドル(約160兆円)に上っており、深刻な社会問題と化している。
バウアーも借金を少しでも借金を減らすため、多いときで週に2度、採血センターへ行き、25〜30ドル(約2万7000〜3万5000円)で自分の血を売っていた。
そんな生活から一日も早く抜け出したいからと、当初はローリーと一緒に「アメリカの学生が抱えた債務をすべて帳消しにする」という公約を掲げた民主党のバーニー・サンダースを支持。
ところが、この公約に対する世論の評価は芳しくなく、サンダースは民主党内での支持を得られずに撤退し、バイデンの応援に回ってしまう。
バイデンは最初のうちこそサンダースの学生救済政策を受け継ぐ姿勢を見せ、具体的な支援金の額まで口にしていた。
ところが、次第にトランプ大統領との舌戦にかまけるようになり、テレビ討論会では学生の支援策について一言も触れなかった。
「オバマは僕が初めて投票した大統領だったけど、結局、僕が置かれた状況は何も変わらなかった。
でも、トランプのやることは無茶苦茶だからなあ」
恐らく、バイデンに投票した民主党支持者の大半が、こう言うバウアーと同意見なのではないだろうか。
一方で、この番組には熱烈なトランプ支持者も登場する。
フロリダ州に住むイェール大学の学生マルコス・ロザリオ(19)親と一緒にトランプを応援し、地元住民に支援団体のメンバーとしてトランプへの投票を呼びかけていた。
中南米系移民の家庭であるにもかかわらず、なぜ移民を排除しようとするトランプを支持しているのか、ロザリオはこう話している。
「トランプはこの4年間で新たな戦争をせず、他国を侵略しようとしなかった。
アメリカの歴代大統領は軍事産業とのしがらみの中にいたが、トランプにはそれがないところがいいんだよ」
このほかにも、アジア系の警察官カップル、レズビアンの両親の元で育てられた黒人とその妻など、移民の国アメリカならではのバックボーンを持つ市民たちが次々に登場し、それぞれにどちらかの候補者を支持する理由を語る。
一貫して感じるのは、アメリカ国民が大統領という存在、その大統領を選ぶ選挙を自分たちの生活の延長線上にあると、現実問題としてしっかりと認識していることだ。
僕も衆院や参院、都知事選の投票には行くけれど、最近はほとんど批判票を投じるばかりで、アメリカ国民のように「少しでも自分の生活をよくしてくれる人を」と真剣に考えて一票を投じたことはない。
そういう意味では、俺も選挙に対する認識を改めなきゃいけないんだろうなあ、と思いました。
オススメ度A。