戦地となったアフガニスタンやイラクで、駐留米軍のために通訳を務めた現地の人間は約5万人に上る。
オバマ政権下で米軍が撤収したあと、彼らは国家の反逆者、イスラム教の異教徒として粛清の対象となった。
アフガニスタンの首都カブールでは、当地を制圧していたタリバン政権の報道官ザビフラ・ムジャヒドがラジオを通じて、「いかなる形であれ、米国やその同盟国に協力する者はその一味とみなす」と呼びかけていた。
そういう「裏切り者」に対して、「われわれは彼らを殺す正当な権利がある」と言うのだ。
2009〜10年ごろ、そのカブールで米軍の通訳を務めていたマリクは、米軍撤退後に自らも家族とともに米国へ移住することを希望。
米国ではアフガニスタンとイラクの難民を救済するべく、上院司法委員会でケネディ上院議員が特別移民ビザの枠を拡大する法案を提出し、議会で審議が行われた。
法案は通過し、本来なら申請から9カ月でアフガニスタンやイラクの通訳たちの元にビザを発給するとの連絡が届くはずだった。
が、マリクには2年経ってもビザが発給されず、痺れを切らした彼は移民ブローカーを頼って出国を図る。
しかし、トルコを経由してギリシャに渡ろうとした最中、ブローカーの手配したボートが定員オーバーにより、エーゲ海で転覆、マリクの隣にいた妻と娘は波に呑まれてしまった。
そんなマリクをはじめ、本作に登場する現地通訳たちに特別移民ビザが届いたのは、実に6年も経ってからだという。
イラク、アフガニスタンと、時の政権の方針によって戦地に駆り立てられ、癒せぬ傷を負ったアメリカ兵の姿を記録したドキュメンタリーなら、いままでにも優れた作品を何本か観た。
『ハートロッカー』(2008年)や『アメリカン・スナイパー』(2014年)、ベトナム戦争の時代まで遡れば『ディア・ハンター』(1978年)や『プラトーン』(1986年)など、映画にも高く評価されている秀作が多い。
しかし、そのアメリカ兵に協力し、母国を捨てざるを得なくなったイラクやアフガニスタンの人間たちを、これほど正面から見つめたドキュメンタリーは過去になかったように思う。
そういう意味で、本作には単に優れたドキュメンタリーという以上に、稀有で貴重な価値がある。
共和党のトランプがアメリカ大統領になって以来、メキシコとの国境に高い壁を作って不法移民を排除しようとする政策が世界的に批判を浴びた。
しかし、それ以前の民主党のオバマ政権は、このように移民のための人道的な法案を成立させながら、その実、アフガニスタンやイラクでアメリカのために協力した人間たちを待たせ続け、〝見殺し〟にしてきたとも言えるのではないか。
マリクをはじめ、命をかけて母国からアメリカに渡った〝裏切り者〟たちはその後、アメリカでどのような生活を送り、今回の大統領選ではどちらに投票したのだろう。
観終わってからもなかなか余韻が去らず、彼らのその後の人生に思いを馳せないではいられなかった。
オススメ度A。