『軍旗はためく下に』(セルDVD)🤗

97分 1972年 東宝

深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズ(1973~74年)は単なるやくざ映画にとどまらず、日本戦後社会の人間ドラマ、青春群像劇として普遍的な説得力を持っている。
それは恐らく、深作の体験的戦争観(というより「戦後観」といったほうが正確か)、その戦争観によって培われた人間観に裏打ちされているからだろう。

深作は昭和5(1930)年生まれで、終戦を迎えたのは15歳だった。
実際に戦場で戦争を体験した世代ではないが、来る日も来る日も勤労動員に駆り出されながら空襲に脅え、昭和20(1945)年8月15日を境に手のひらを返した大人たちの姿は忘れようにも忘れられない、と『ドキュメンタリーは格闘技である』(2016年/筑摩書房)に収められた原一男との対談で語っている。

そんな自身の体験的戦争観を徹底的に反映させた反戦映画をつくろうと、深作自ら原作小説の映画化権を買って製作したのがこの『軍旗はためく下に』である。
『仁義なき戦い』シリーズでブレークする前、深作はこのようなある種の〝文芸作品〟を撮っていたのだ。

原作は結城昌治が直木賞を受賞した同名小説で、深作は結城と直談判に及び、100万円で権利を買い取った、と『映画監督 深作欣二』(2003年/ワイズ出版)で深作自ら明かしている。
ハリウッド超大作『トラ・トラ・トラ!』(1970年)の日本側パートの監督として結構な額のギャラを稼いだばかりで、懐に余裕があったからこそできたことだったという。

深作は当時つながりのあった山本薩夫、今井正の新星映画社にこの企画を持ち込み、東宝との提携で製作することが決定。
製作費が不足したぶんは深作と親しかった主演俳優・丹波哲郎が私費を投じて賄ったそうで、昔の映画人の心意気を感じさせるエピソードだ。

脚本は新藤兼人、長田紀夫、深作自身の3人がかりだが、実際には深作がひとりで物語の骨子を考え、新藤は深作のリクエストに沿ってまとめただけだった。
原作にはないキャラクター、戦争未亡人のサキエ(左幸子)を狂言回しに据え、昭和46(1971)年、彼女が夫の富樫勝男軍曹(丹波)の名誉を回復しようと厚生省に足を運ぶところから物語は始まる。

昭和27(1952)年に戦没者遺族援護法が施行されてから20年、サキエは毎年厚生省を訪ね、この法律を自分の夫にも適用するよう不服申立書を送り続けていた。
補償金がほしいのではなく、戦死した夫の名誉を回復したい、というのだ。

しかし、厚生省の担当者は、富樫は戦死ではなく敵前逃亡によって処刑されている、ということを理由に、サキエの申し出を一貫して拒否。
これに対し、サキエは夫が敵前逃亡したとの確たる証拠はなく、軍法会議にかけられた記録は残っていない、と訴える。

それでは、当時富樫と同じ小隊にいた復員兵に実情を聞いてみてはどうか、それで敵前逃亡はしていないことが立証できれば援護法の適用を考えよう、と担当者は回答。
こうしてサキエはかつての夫の部下や上官の下を訪ね歩き、夫の戦場体験を追体験して、次から次へと意外な事実を突きつけられることになる。

サキエが最初に探し当てたのは、東京郊外の朝鮮人部落(作品中の表現)で養豚業を営みながらひっそりと暮らしている元上等兵・寺田継夫(三谷昇)。
彼はマラリアにかかって半死半生だったところを富樫に救われ、全滅寸前の小隊から秘かに逃がしてくれたから日本に生きて帰ることができた、と明かしてくれる。

ところが、いまでは按摩になっている元憲兵軍曹・越智信行(市川祥之助)の語る富樫は、そんな英雄とはまったく逆の人間だった。
自分たちの野営地へ、富樫は飯盒に詰めた野豚の肉を持って現れ、これを塩と交換していたのだが、これが実は戦死した日本兵の肉だったというのだ。

こうして様々に異なる証言をつないでゆく構成は、芥川龍之介の『藪の中』、及びその映画化作品である黒澤明の『羅生門』(1950年/東宝)を彷彿とさせる。
ただし、ぼくはむしろ、コンスタンタン・コスタ=ガブラスの秀逸なポリティカル・フィクション『Z』(1969年)や『ミッシング』(1982年)に近い手法だと思った。

最後、富樫がどうして死ななければならなくなり、どのような死にざまを見せたかが明らかになるオチは、深作の意向によって、結城の原作小説を根底から覆すような改変が施されている。
深作はこれを結城に承諾してもらうため、何度も話し合いを重ねたという。

※以下、重大なネタバレを含みます。
ご承知の上、現在販売されているDVD画像の下にお進みください。

結城の原作では、冨樫は上官殺しの濡れ衣を着せられて銃殺に処せられたことになっていた。
しかし、深作はこれを濡れ衣ではなく、冨樫が本当に上官を殺してしまった話にしよう、と提案したのだ。

戦争という異常な状況は人間をそこまで変えてしまう、それこそ自分がこの映画化作品で訴えたいことなのだ、と深作は主張。
そんな深作の熱意に打たれたのか、結城も最終的に変更を了承したという。

映画的リアリズムを追求する上において、深作の判断は正しかった。
それは映画の出来栄えを見ればわかる通りである。

しかし、キネマ旬報の第2位に選出され、タシケント映画祭など海外の批評家にも高く評価された本作も、国内での興行成績は散々だった。
こののち、深作はこういう作家的挑戦からしばらく遠ざかって、『仁義なき戦い』でヒットを飛ばし、ヤクザ映画の巨匠となってゆくのだが、本人の胸中はいかばかりだったろうか。

単なる秀作と言うにとどまらず、改憲論議の盛んないまこそ見られるべき深作の〝映画遺産〟であると言いたい。
丹波、左、三谷、市川ら主要登場人物を演じる俳優たちもそれぞれのキャリアのベストと評価できる好演。

お勧め度はA。

旧サイト:2016年06月21日(火)付Pick-upより再録

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2020リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら😏  D=ヒマだ ったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

90『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年/米)B
89『ラスト、コーション』(2007年/台、香、米)A
88『サンセット大通り』(1950年/米)A※
87『深夜の告白』(1944年/米)A
86『救命艇』(1944年/米)B※
85『第3逃亡者』(1937年/英)B※
84『サボタージュ』(1936年/英)B※
83『三十九夜』(1935年/英)A※
82『ファミリー・プロット』(1976年/米)A※
81『引き裂かれたカーテン』(1966年/米)C
80『大いなる勇者』(1972年/米)A※
79『さらば愛しきアウトロー』(2018年/米)A
78『インターステラー』(2014年/米)A
77『アド・アストラ』(2019年/米)B
76『FBI:特別捜査班 シーズン1 #16ラザロの誤算』(2019年/米)C
75『FBI:特別捜査班 シーズン1 #15ウォール街と爆弾』(2019年/米)C
74『FBI:特別捜査班 シーズン1 #14謎のランナー』(2019年/米)D
73『FBI:特別捜査班 シーズン1 #13失われた家族』(2019年/米)D
72『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン2』(2014年/米)A
71『記憶にございません!』(2019年/東宝)B
70『新聞記者』(2019年/スターサンズ、イオンエンターテイメント)B
69『復活の日』(1980年/東宝)B
68『100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!』(2004年/米)B
67『ロケットマン』(2019年/米)B
66『ゴールデン・リバー』(2018年/米、仏、羅、西)B
65『FBI:特別捜査班 シーズン1 #12憎しみの炎』(2019年/米)B
64『FBI:特別捜査班 シーズン1 #11親愛なる友へ』(2019年/米)B
63『FBI:特別捜査班 シーズン1 #10武器商人の信条』(2018年/米)A
62『FBI:特別捜査班 シーズン1 #9死の極秘リスト』(2018年/米)B
61『病院坂の首縊りの家』(1979年/東宝)C
60『女王蜂』(1978年/東宝)C
59『メタモルフォーゼ 変身』(2019年/韓)C
58『シュラシック・ワールド 炎の王国』(2018年/米)C
57『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン1』(2013年/米)A
56『FBI:特別捜査班 シーズン1 #8主権を有する者』(2018年/米)C
55『FBI:特別捜査班 シーズン1 #7盗っ人の仁義』(2018年/米)B
54『FBI:特別捜査班 シーズン1 #6消えた子供』(2018年/米)B
53『FBI:特別捜査班 シーズン1 #5アローポイントの殺人』(2018年/米)A
52『アメリカン・プリズナー』(2017年/米)D
51『夜の訪問者』(1970年/伊、仏)D
50『運命は踊る』(2017年/以、独、仏、瑞)B
49『サスペクト−薄氷の狂気−』(2018年/加)C
48『ザ・ボート』(2018年/馬)B
47『アルキメデスの大戦』(2019年/東宝)B
46『Diner ダイナー』(2019年/ワーナー・ブラザース)C
45『ファントム・スレッド』(2017年/米)A
44『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年/米)B
43『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年/米)A
42『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年/米)A
41『ビリーブ 未来への大逆転』(2018年/米)B
40『ワンダー 君は太陽』(2017年/米)A
39『下妻物語』(2004年/東宝)A
38『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(2019年/東宝)C
37『FBI:特別捜査班 シーズン1 #2緑の鳥』(2018年/米)A
36『FBI:特別捜査班 シーズン1 #1ブロンクス爆破事件』(2018年/米)B
35『THE GUILTY ギルティ』(2018年/丁)A
34『ザ・ラウデスト・ボイス−アメリカを分断した男−』(2019年/米)A
33『X-MEN:アポカリプス』(2016年/米)B※
32『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014年/米)C※
31『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(2011年/米)B※
30『X-MEN:ダーク・フェニックス』(2019年/米)D
29『ヴァンパイア 最期の聖戦』(1999年/米)B
28『クリスタル殺人事件』(1980年/英)B
27『帰ってきたヒトラー』(2015年/独)A※
26『ヒトラー〜最期の12日間〜』(2004年/独、伊、墺)A
25『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015年/独)A
24『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(1986年/米)B
23『大脱出2』(2018年/中、米)D
22『大脱出』(2013年/米)B
21『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2018年/米)B
20『ハンターキラー 潜航せよ』(2018年/米)C
19『グリーンブック』(2018年/米)A
18『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年/英、米)B
17『天才作家の妻 40年目の真実』(2018年/瑞、英、米)B
16『デッドラインU.S.A』(1954年/米)B
15『海にかかる霧』(2014年/韓)A※
14『スノーピアサー』(2013年/韓、米、仏)A※

13『前科者』(1939年/米)
12『化石の森』(1936年/米)B
11『炎の人ゴッホ』(1956年/米)B※
10『チャンピオン』(1951年/米)B※

9『白熱』(1949年/米)A
8『犯罪王リコ』(1930年/米)B
7『ユリシーズ 』(1954年/伊)C
6『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年/泰)B
5『七つの会議』(2019年/東宝)A
4『キャプテン・マーベル』(2019年/米)B
3『奥さまは魔女』(2005年/米)C
2『フロントランナー』(2018年/米)B
1『運び屋』(2018年/米)A

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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