BS1スペシャル『独裁者ヒトラー 演説の魔力』(NHK-BS1)🤗

110分 2019年 制作・著作:NHK 
初放送:2019年2月3日(日)午後10:00~午前11:50
再放送:2020年8月14日(金) 午前9:00~午前10:50

ドイツの独裁者ヒトラーが稀代の演説名人だったことはよく知られている。
実際、現存する当時のフィルムを観るだけで、彼の弁舌には有無を言わせず聴衆を惹きつけ、心を鷲掴みにして引き摺り回すかのような強烈な磁力を感じる。

僕自身、まだ幼いころから今日に至るまで、ヒトラーがまさしく口角泡を飛ばして熱弁を振るっている映像を目にすると、いつもまじまじと見入ってしまう。
同じファシストや戦争犯罪者でも、イタリアのムッソリーニ や日本の東條英機がまったく持ち合わせていなかった不思議な魅力が、ヒトラーにはあった。

そんなヒトラーの演説を分析し、当時実際に演説を聴いたドイツの人々がいかにして魅了されたのかを検証した110分のドキュメンタリー。
初放送は昨年2月3日だが、今年で75年目を迎えた終戦の日、8月15日の前日に再放送したところに、NHKの自信作であることがうかがえる。

本作で最初に紹介されるヒトラーの演説映像は、1933年11月8日、ミュンヘンでの記念式典である。
ナチ党が勢力を拡大しつつあったこのとき、「われわれは集い、ついにここにひとつになった」と力強く聴衆に語りかけ、「ドイツは二度とこの団結を失うことはないだろう」と拳を振り上げて宣言しているヒトラーの演説映像は、いまなお独特の見応え、聞き応えに満ちている。

ヒトラーは10年前の1923年11月9日、この地でナチ党を率いてミュンヘン一揆を起こし、有罪判決を受けて刑務所に収監された。
服役中に10代のころから自信を持っていた演説の技法を探究し、『わが闘争』を著して、出所後にはナチ党大会でユダヤ人に対するヘイトスピーチを行い、攻撃的で煽動的な弁舌に磨きをかけていく。

逮捕から10年後にふたたびミュンヘンで行った演説はヒトラーにとって、言わば〝凱旋演説〟でもあったのだ。
そうした演説の中でヒトラーが発した「ドイツ人のためのドイツを作ろう」という言葉に、当時のドイツ人は激しく心揺さぶられ、熱い共感を覚えた。

チャーター機でドイツ国内を飛び回り、一日にあちこちの都市で演説を行って、またその様子を撮影した『空を飛ぶヒトラー』という映画も上映。
当時のヒトラーの人気を、「いまで言うポップスターだ、マイケル・ジャクソンのようなものだったよ」と、ヒトラーの姿を目にした国民たちは言う。

本作にはまた、当時ヒトラーの演説に熱狂したヒトラーユーゲントの少年たちが、いまやすっかり年老いた姿になって次々に登場。
彼らは70年以上たったいまも、少年のように目を輝かせながらヒトラーについても記憶を振り返って、演説の一言一句を誦じる者がいれば、町中を行進しながら歌った歌を大声で歌って見せる者もいる。

彼ら元ヒトラーユーゲントの若者たちにとって、ヒトラーはいまだに青春時代のヒーローでもあるのだ。
その意味で本作は、同じNHK-BS1の〈BS世界のドキュメンタリー〉枠で放送された『ヒトラーユーゲント ナチス青少年団の全貌 前・後編』を補完する後日談にもなっている。

このドキュメンタリーではまた、ヒトラーの演説を詳細に分析し、150万語に及ぶ膨大なビッグデータにまとめあげた学習院大・高田博行教授の研究を紹介。
ヒトラーが政権をつかむ前と後で、どのように言葉や言い方を使い分けているかを検証している。

後半に入ると、強制収容所で虐殺されたユダヤ人を偲ぶブロンズ製のブロック「つまづき石」が映し出される。
ドイツの各都市には、殺されたユダヤ人の名前、青年、連行された年と殺された場所を刻んだこのブロックを、かつてそのユダヤ人たちが住んでいた場所に嵌め込んでいるのだ。

タバコの吸い殻がいくつも無造作に散らばっている歩道の敷石に混じって、このブロックは歩行者の足がほんの少しだけ引っかかるように浮き出ている。
それが「つまづき石」という名称の由来だ。

このブロックに書かれたユダヤ人たちの名前は、恐らく永遠に道行くドイツ人たちの目に留まり続けるのだろう。
こういう負の歴史の残し方があるのかと、粛然とした気持ちにさせられる。

1919年生まれのヴィルヘルム・ジーモンゾーンさんは、右翼思想の持ち主だった父レオポルドの影響で、熱心なヒトラー支持者になった。
しかし、そのレオポルドはユダヤ人だったために強制収容所に送られてしまい、かろうじて生き延びることができたものの、帰宅したときは別人のようにやつれ果て、1年後には亡くなった。

ジーモンゾーンさんは99歳だったドキュメンタリー制作時も、ドイツの小学校を回り、ヒトラーの犯した罪を説いて回っていた。
両親が埋葬された墓地から歩行器を押して去ってゆくこの老人の姿が、何とも形容し難い余韻を残す。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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