本作も終戦75年の特別企画として制作されたドキュメンタリーで、実は日本でも戦時中に原爆開発が検討されていた、という戦争秘話。
「F研究」と名付けられたこの計画で中心的役割を果たしていたのが、京都帝国大学で核物理学を研究していた主任教授・荒勝文策である。
荒勝は日本で初めて原子核の研究室を開設したこの分野の草分け的存在だが、今日ではほとんど忘れ去られており、最近まで同じ分野の研究者や京大の後輩教授ですら、その存在をほとんど知らなかった。
そんな荒勝と彼の業績について、〝孫弟子〟に当たる政池明・京大名誉教授が著した『荒勝文策と原子物理学の黎明』(京都大学学術出版会)という本が2018年に出版。
このドキュメンタリーには著者の政池も登場しており、彼の著書が作品全体の根幹をなす底本のひとつにもなっている。
もうひとつの底本が、アメリカの公文書館に保存されていた米軍の荒勝に関する調査報告書だ。
アメリカ政府は、日本も原爆開発を進めていたのではないかと戦時中から疑いを抱いており、終戦後に本格的な調査に乗り出した。
この調査で中心的役割を果たしたのが、ロスアラモスで原爆開発の総指揮に当たっていたレスリー・グローブス少将の補佐役ロバート・ファーマン少佐である。
このドキュメンタリーは、国内と米国の一級の資料から、荒勝が日本の原子核物理学発展にどのように貢献し、太平洋戦争や原爆投下に翻弄されてきたかを描いている。
戦時中はどれほど良心的かつ学究一筋の学者であっても戦争に協力せざるを得ず、荒勝と同時代に生き、日本人初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹すら、戦意昂揚のための檄文を新聞に寄稿している。
当時はドイツでも原爆製造の研究が進められており、いち早く原爆を製造し、投下できる体勢を整えた国が第二次世界大戦を制するものと見られていた。
そうした中、日本でも立ち上げられた「F計画」という名称は、核分裂を意味するNuclear FissionのFから採られている。
しかし、F計画を推進していた海軍技術将校・三井再男少佐の要請に対し、荒勝は受諾しながらも「原爆は理論的には可能だと思うが、この戦争には間に合わない」と回答。
その言葉通り、原爆開発はアメリカが先んじ、広島に投下されると、荒勝は調査団を編成して被爆地に向かい、さらに研究を重ねた。
戦後、荒勝は様々な辛酸を舐め、過酷な挫折を経験する。
調査団のメンバーが広島を襲った台風で亡くなり、心血を注いで製造していたサイクロトロン(原子核分裂研究のための加速器)がGHQに破壊され、肉筆で埋めた25冊の研究ノートも没収となり、研究を続ける道を閉ざされてしまった。
このように、題材としては大変興味深く観たのだが、構成と演出には大変違和感を覚えた。
まず、序盤から荒勝を題材としたNHKドラマ『太陽の子』の場面がたびたび挿入されており、番宣の効果を狙っていることが見え透いていて、かえって純粋なドキュメンタリーとしての完成度を損ねている。
また、ナレーターの吉川晃司が要所要所で登場し、解説を挟んでいる部分も、彼が被曝二世であることが作品内で説明されていないため、エンタメ的に格好をつけた演出という印象を与えている。
そうした夾雑物をすべて削り落とし、60分くらいに編集したほうが、もっと締まった硬派の終戦特集ドキュメンタリーになっただろう。
オススメ度C。