『ペスト』ダニエル・デフォー🤔🤓😖

A Journal of the Plague Year
中央公論新社(中公文庫) 453ページ 定価1200円=税別
翻訳:平井正穂
初版:1973年12月10日 改版:2009年7月25日 改版第2刷:2020年3月25日
原書発行:1722年

本書も昨今のコロナ禍を受けて増刷されたパンデミック小説の古典。
アルジェリアのオラン市がペストに襲われるカミュの『ペスト』は完全なフィクションだったが、このデフォーの作品は1644~1645年、ロンドンで現実に起こったペストの大流行を描いている。

名作『ロビンソン・クルーソー』(1719年)で知られる著者ダニエル・デフォーは、ロンドンで生涯を過ごした中産階級のジャーナリスト兼作家。
ただし、1660年(一説には1661年)生まれであり、その15年前に発生したペストによる大惨事を実際に経験したり、見聞したりしているわけではない。

本書は1722年の発表当時、匿名で発行されており、語り手はH.Fというイニシャルで巻末に記されているだけ。
これはデフォーの叔父に当たる馬具商人ヘンリー・フォーという人物で、本書はこのフォーからデフォーが聞いた思い出話を軸に、当時の死亡週報、市役所発行の布告などで構成されている。

従って、小説という体裁を取ってはいるが、内容自体はデフォーによるペストのルポルタージュと言っていい。
当時のペストの感染率と死亡率は現在の新型コロナウイルスよりもはるかに高く、感染した自宅から命からがら逃げ出した男が辿り着いた宿でばったり死んでしまう様子、一家が全滅して家屋に市民が忍び込んで略奪を繰り返していた実態などが生々しく語られる。

市街のあちこちで次から次へと死者が増え、葬儀も棺桶に入れることも間に合わなくなり、死体運搬車(デッド・カート)と呼ばれる車が死体を拾って〝ゴミ捨て場〟のような空き地に運び、そこに掘られた穴へ放り込んでいく。
中には、道端で昏倒し、まだ死んでいないのに死体と間違えられ、危うく一緒に埋められそうになった老人もいる。

もうこんなところにはいられないとロンドンから脱出し、地方への疎開を図った一団が、行く先々の町で住民たちから追い払われるくだりは、現在のコロナ禍で東京都民が他府県の人々に忌避されている現状とそっくりだ。
本作が書かれてから約300年、現実のペストからでは375年、疫病の恐怖に晒された人間の心理と行動はまったく変わっていないということだろう。

そうした意味で、歴史的資料としては大変興味深い作品なのだが、さすがに現代の読者にとっては違和感を覚える部分も多い。
中産階級出身で保守的なカトリックの信者である著者は、ペストによる惨事を終始「神の怒り」によるものと主張し、パニックに陥った貧民街の住民を「乱暴な性格」「向こう見ずな振る舞い」をしているとして、これでもかとばかりに罵倒している。

いくら何でもこういう表現は問題があるのではないかと思っていたら、巻末に「不適切な語句や表現」があるが、「大半は原文のまま」としたという断り書きがあった。
ということは、これでもある程度修正が施されているのだろう。

というわけで、カミュの『ペスト』のような感動を与えてくれる作品では決してない。
このデフォーの作品のほうが、より現実に即したディテールとアクチュアリティに富んでいるとしても。

🤔🤓😖

2020読書目録
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※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

9『ペスト』アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳(1969年/新潮社)😁😭😢🤔🤓
8『復活の日』小松左京(1975年/角川書店)🤔🤓
7『感染症の世界史』石弘之(2019年/角川書店)😁😳😱🤔🤓
6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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