NHKスペシャル『原発メルトダウン 危機の88時間』(NHK-BS)🤗

90分 初放送=NHK総合:2016年3月13日午後8時〜 再放送=NHK-BS1:2020年3月12日 NHK

2011年3月11日、東日本大震災の最中に発生した福島第一原発の事故の全容を、関係者のインタビューと再現ドラマによって描いた2016年製作のセミドキュメンタリー。
現在公開中の映画『Fukushima 50』と同じ題材だが、事態の経過、対策の内容、専門用語の意味など、具体的なディテールはこちらのほうがわかりやすい。

ナレーションによれば、NHKは事故発生から5年、約500人に及ぶ関係者に取材を行い、当時緊急時対策室(緊対)で現場の指揮を取った所長・吉田昌郎の国会事故調での証言記録も入手。
メルトダウンと水素爆発が起こったメカニズムと、吉田所長をはじめとした緊対の対応策の内容を、発生後88時間の時間的経過に沿って明らかにしていく。

CGとドラマによって再現された津波や爆発の場面は、スケールこそ映画版には及ばないものの、東電が提供した現場写真を随所に挿入しており、ドキュメンタリーならではの臨場感と生々しさを感じさせる。
炉心溶融(メルトダウン)の仕組はアニメーションによって説明され、スクラム(原子炉冷却)、イソコン(非常用冷却装置)、SBO(ステーション・ブラックアウト=全交流電源喪失)、RCIC、HPCI(非常用冷却装置)といった専門用語も逐一テロップで意味が表示されるので大変わかりやすい。

1号機が水素爆発を起こす前、格納容器内部の圧力が設定限度圧を遥かに上回る600キロパスカルに達していたことが、いかに人間の想定を上回る非常事態だったかも、改めてよく理解できた。
すべての電源が落ちていたため、圧力を外へ逃がすベントを行うには、中央制御室(中操)の職員たちが原子炉まで歩いていき、手動でバルブを開けるしかない。

しかし、原子炉建屋の中は多量の放射線が充満しており、文字通り命がけの仕事となる。
このくだりでは映画と同じように献身的な運転員たちの行動が描かれるが、最初のバルブを開けたのが、設定限度圧超過がわかってから7時間も後だったのでは、水素爆発が起こったのもむべなるかな、か。

そうした最中、当時の枝野官房長官がメルトダウンを含む一連の事態をまったく把握していなかったことも指摘されている。
また、菅総理大臣が急遽現場へ視察に行くと言い出した経緯に関しては、総理を一方的な悪役に仕立て上げていた映画版と違い、東電から総理官邸に詳細な報告が上がっていなかったからだったことが、本作を観るとよくわかる。

このあとに3号機も爆発し、2号機ももはや時間の問題と思われた矢先、原子炉の冷却が始まって間一髪、最悪の事態が回避された(と思いたい)原因は、公開中の映画版と同様、推定するしかないところで終わっている。
現場に多量の放射性物質が残っているため、本作が製作された5年前はもちろん、現在も実況検分を行うことが不可能だからだ。

再現ドラマで吉田昌郎を演じているのは、いまは亡き大杉漣。
勇敢で人望の篤いリーダーとして演じていた映画版の渡辺謙とは違い、大杉は小市民的中間管理職の側面を強調しており、これがまた作品全体のリアリティーを高めている。

本作は第42回放送文化基金賞 テレビドキュメンタリー番組部門優秀賞、第50回アメリカ国際フィルム・ビデオ祭最優秀賞、ゴールド・カメラ賞などを受賞。
『Fukushima 50』に興味のある人なら絶対に観ておくべき秀作である。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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