『らふ』森下くるみ😁🤔🤓☺️

青志社 240ページ 第1刷:2010年10月28日 定価1300円=税別

AV(アダルトビデオ)女優のインタビューやノンフィクションを一般的なジャンルとして定着させるきっかけとなったのは、永沢光雄の『AV女優』(1997年、ビレッジセンター/のち文春文庫)である。
本書の著者・森下くるみは『AV女優』の続編『おんなのこ AV女優2』(1999年、コアマガジン/のち文春文庫)で永沢のインタビューを受け、文春文庫版でカバー写真にも登場している元AV女優だ。

本書はその森下が引退後、話を聞かれる側から永沢のように聞く側に回り、現役(出版当時)のAV女優6人へのインタビュー記事をまとめた一冊。
森下自身、『AV女優』のような本にしたいというイメージを抱いていたらしく、インタビューの前にサンプルとして文庫版『おんなのこ』をAV女優に示す場面も描かれている。

本書に登場するような可愛いAV女優はまず、ひとり1作品(商品)で販売される「単体」としてデビューする。
若さ、新鮮さが重宝がられるこの段階では、ごく普通のカラミ(セックスのこと)やフェラチオを見せるだけでも十分、ビデオや動画が売り物になるらしい。

やがて、単体としてビデオ作品の売れ行きが頭打ちになった女優は次に、「企画単体」、通称「キカタン」に転向する。
本書では表現が和らげられているが、複数の女優との共演、SM的な見せ場などがメインになり、ハードなプレイを演じるケースも多い。

例えば、本書に登場するみづなれい(現在は引退)は美形として知られた女優だが、本物のホームレス10人とガチでカラミを行った経験を語っている。
相手が素人なので行為も撮影もうまくいかず、「オレはもうダメだ」と落ち込む監督をみづなが励まし、5人と本番、5人を「フェラ抜き」したという(撮影中に役人が来て2人がイケなかった、という証言が生々しい)。

そんなビデオに出演したら、AV女優という職業を理解している友人も、自分を応援してくれているファンも「そこまで落ちたのか」と感じるだろうと、みづなは自覚していた。
彼女自身、「他人がホームレスとからんだら、マジ? と思いますよ」と正直に語っている。

みづなはそれでも、いったん撮影現場に臨んだら、自分が中心的役割を果たし、1本の作品を完成させることに専念した。
ホームレスたちをリラックスさせるために対話を持ち、撮影終了後に全員と握手を交わしたときは、自然と涙が溢れたという。

ただし、一般的な女優やタレントとは違い、みづなは自分が出演した作品をまったく見ない、と話している。
現場にいるとき、現場から離れたときとで真逆となる心理が、矛盾することなくひとつの心と身体に同居しているAV女優の特異な個性を、著者・森下は元同業者ならではの共感を滲ませて描き出す。

みづなは本書が出版されたころ、森下が現役時代に所属していたメーカー〈Dogma〉に移り、キカタンとして、よりハードな作品に出演するようになっている。
当時はスポニチで『AVのアレとかソレとか』というコラムを連載しており、AVの内幕だけでなく、趣味のロードバイクやプロレス観戦について、なかなか読ませる文章を綴っていた。

引退作の1本(売れっ子女優は複数のメーカーで仕事をしているため、引退作も複数ある)『永遠のみづなれい 』(2016年)では、自分がAV女優になった経緯、複雑な家庭の事情、プライベートでの恋愛観を打ち明けている。
最後のコーナーはスタッフが立ち会わず、みづながひとりだけで回っているカメラと向き合い、監督が紙に認めて渡した質問に答える、というものだった。

最後の質問は、「将来、自分が女の子を生んで、AV女優になると言われたらどうしますか?」。
このときの彼女の答えの中に、紛れもない現代のAV女優がいる、と思った。

永沢が『AV女優』を書いた1990年代とは違い、いまのAV業界は人権に対する配慮が行き届き、より安全な環境で撮影が行われるようになったらしい(ときにとんでもない事故が起こっていることも語られてはいるが)。
実際、みづなと本物のホームレスとのカラミにしても、男性側は事前に性病検査を受け、みづなも経口避妊薬を服用した上で「中出し」が行われている、と森下は書いている。

AV女優は肉体の隅々まで晒しているぶん、本名や出身地など、現実の個性や個人情報を秘匿することで成り立っている職業だ。
彼女たちは非常に限られた、ごく短い期間の中で、架空の名前で架空のキャラクターを演じ、できるだけ多くのファンを得ることにより、報酬を得ている。

業界全体の健全化が進んでいる最近は、そういう女優たちの匿名性がより徹底的に保持されるようになってきた。
しかし、その半面、永沢が『AV女優』を書いた時代に比べると、女優たちの具体的な半生や人間像に迫ることが困難になっているとも言える。

本書では元AV女優の森下が自分自身のプロフィールを明かした上で、現役のAV女優に寄り添うように話を聞き出しているが、あえて突っ込むことを避けていると感じられる部分もあった。
それは元同業者の著者ならではの優しさでもあるけれど、正直、男性の読者には食い足りなさが残るのも確か。

本書の内容に共感を覚えるかどうかは、読者によって差が生じるだろう。
大変読み応えのあるインタビュー集だけに、そこが惜しい。

😁🤔🤓☺️

2020読書目録
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※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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