最初で最後のオールブラックス

午後5時過ぎ、夕暮れ時の東京スタジアムはなかなか幻想的な光景だった

1カ月と1週間続いたラグビー観戦の日々もきのうの3位決定戦で終わり。
にわかながら、やっとラグビー がほんの少しわかりかけてきたかな、と感じていただけに、寂しくもあり、残念でもある。

午後3時半ごろ、京王線飛田給駅の改札を抜けると、目の前にオールブラックスのレプリカジャージに何故か巨人の帽子をかぶった大男が2人、英語と日本語で何か書いた紙切れを掲げている。
よく見ると、「きょうのチケットを探しています」「きょうのゲームが見たい」「お願いします」云々。

ラグビー会場の外国人客にはこういう熱心で熱狂的な人が実に多い。
写真を撮ろうかと思ったけど、「撮るんならチケットくれよ」と言われるかもしれないのでやめておきました。

上層階の前から11列目は両チームの陣形とゲーム全体の流れがよく見える

計6試合の観戦を振り返ると、最初のプール戦・フランス−アルゼンチン戦(9月24日)、最後の3位決定戦・ニュージーランド−ウェールズ戦(きのう1日)は、ともに東京スタジアム。
しかも、最初はB-36・B-10(東側上層階真ん中からやや北寄り前から10列目)、最後がB-33・B-08(東側上層階真ん中からやや南寄り前から8列目)と、どちらもほぼ同じエリアの席だった。

残り4試合は日産スタジアム、エコパスタジアム、熊谷ラグビー場の1階席前方で間近に観戦し、ラグビーの迫力を実感した。
しかし、ゲームの主戦場がスタンドの反対側のほうに行ってしまうと、当然のことながら何が起こっているのかわかりにくい。

その点、2階席前方ではゲーム全体の流れも両チームの陣形もよく見える。
とくに、プレーが続いている間、ボールを取り合う選手たちだけでなく、彼らの背後にいる選手たちがどのように展開しているか、同時に把握できるのだ。

また、東京スタジアムの場合、ピッチ周辺の陸上競技用トラックのスペースがそれほど大きくなく、距離感が感じられないのもありがたい。
その点、1階席前方で観戦した横浜の日産スタジアムは結構遠く感じた。

東側ゲート近くにハイネケンが出しているビールバー

それにしても、外国人ファンの人たちは男女国籍を問わず、本当によくビールやお酒(酎ハイ&ハイボール)を飲む。
東京や横浜の広いコンコース、静岡や熊谷の会場周辺に店が出ているエリアなどは、試合前になるとどこでも〝立ち飲みビアホール〟状態。

両チーム入場の際にはゴールポストの後ろから炎が噴き上がった
水害の被災者に対する黙祷のあと、両国国歌斉唱
日本でもすっかりお馴染みとなったニュージーランドのハカが始まる直前

ニュージーランドが試合前に行うハカは、最もポピュラーで日本のファンにも馴染みが深いというカマテ。
今回のW杯日本大会、そして今年のオールブラックスにとっても〝最後のハカ〟であり、スタンドのお客さんも手拍子を打ちながら見入っていた。

先導役で声を張り上げたSO8(ナンバーエイト)の主将キーラン・リードは、127キャップ(代表試合)となるこの試合を最後に代表を引退する。
恐らく、万感の思いを込めて〝ラストハカ〟の音頭を取ったことだろう。

ぼく自身、生でオールブラックスのハカとラグビーを見るのはこれが最初で最後になる可能性が高い。
そういう意味では、ニュージーランドが3位決定戦に回ってくれてよかった。

前半7分、ニュージーランドSOリッチー・モウンガのコンバージョンゴール

試合は前半5分、ニュージーランドPR(プロップ)ジョー・ムーディが22メートルラインでLO(ロック)ブロディー・レタリックのオフロードパスをキャッチすると、ゴールラインまで真っしぐらに突き進んで先制のトライ。
ニュージーランド はさらに前半13分、ゴール前でFB(フルバック)ボーデン・バレットがウェールズのスキを突いてトライを決めた。

しかし、0−14とされたところから、ウェールズも果敢に反撃に出る。
前半15分、10メートルラインでノットロールアウェイの反則を拾うと、PG(ペナルティゴール)ではなくトライを選択。

PGで確実に3点を取るより、一気に7点を挙げて差を詰めようとの判断だ。
一度は16−16と同点に追いついた10月27日の準々決勝、南アフリカ戦を彷彿とさせる展開で、スタンドも大いに沸く。

ここから南アフリカ戦のようなFW(フォワード)戦に持ち込み、3分後の前半18分、FB(フルバック)ハラム・エイモスがトライ。
前半27分にはPGも決め、10−14と追いすがったところまでは、この試合はどうなるかわからないと思わせた。

ところが、ニュージーランドの右WTB(ウイング)ベン・スミスが前半32分、密集からのパスを受けると、ウェールズDF陣に切り込んでいくかのようにトライ。
さらに前半終了間際の40分過ぎ、今度はゴール右側からハンドオフでウェールズSH(スクラムハーフ)トモス・ウィリアムズをかわしてインゴールし、スコアは28−10と開いた。

ぼくのようなにわかが見ていると、ニュージーランドの攻撃は、あんなにグチャグチャの状態からこんなに一瞬でパスが通るのか、こんなに狭いスペースを突破できるのかと、トライが成功して初めて気がつくプレーばかりだ。
ラグビー通の知人友人によれば、これがニュージランド一流のアンストラクチャー(整理、構築されていない状態)からの攻撃だという。

こういう目に見えないところが組織されているラグビーは、ぼくのようなにわかほど、2階席前方の試合全体を見下ろせる位置で観戦したほうがわかりやすい。
いや、そうは言っても、まだまだわからないことはいっぱいあるんですが。

試合前とハーフタイムには元ニュージーランドのレジェンド、ダン・カーターが登場
後半開始直前、上皇、上皇后陛下ご夫妻が観戦に来られた
後半30分、ウェールズはなお果敢にニュージーランドにFW戦を挑む

後半で最も感動的だったのは、35−10とニュージーランドが大量リードを奪っていた後半16分、ウェールズの左WTBジョシュ・アダムズが今大会7個目のトライを決めた場面。
南アフリカ戦でウェールズを応援していたぼくも、このときは思わず立ち上がって拍手をした。

最後はニュージーランドが47−10と圧勝。
ワンサイドゲームではあったけれど、昨年までW杯を2連覇しているこの時代最高のラグビーが見られたのだから、これでよかったのだと思うことにします。

3位表彰式で順番に壇上に上り、銅メダルを受け取るニュージーランドの選手とスタッフ

表彰式では、スタジアムMCがまず最初にTOM(テレビジョンマッチオフィシャル)担当を含む審判全員を紹介し、彼らの労を労った。
その審判とウェールズの選手が見守る中、ニュージーランドの選手はもちろん、スタッフ全員に銅メダルが授与されている。

その後、両チームがいまやすっかり恒例となった四方向へのお辞儀。
表彰式の最後にはMCから大会ボランティアのみなさんに対する感謝のメッセージが読み上げられ、スタンドから温かい拍手が送られました。

表彰式終了後、ニュージーランドの主将リードのお嬢さんたちがピッチでかけっこ

東京スタジアムを出ると、どこの会場でもそうだったように、ボランティアの人たちが花道をつくり、ハイタッチでお客さんたちをお見送りしていた。
ラグビーW杯はいったいどんなイベントなのか、行ってみるまでは想像もつかなかったけれど、この人間的な温かみがいまも心に残る。

まるで流行病みたいだったぼくの〝ラグビー熱〟はとりあえずこれでおしまい。
今夜の決勝戦はテレビで観戦します。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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