日本映画史に残る東映ヤクザ映画の実録路線『仁義なき戦い』シリーズ(1973〜74年)は、そもそも中国新聞による暴力追放キャンペーン報道から始まった。
当時の一連の報道を1冊の本にまとめ、1965年に菊池寛賞を受賞したのが本書『ある勇気の記録』である。
中国新聞社会部は1963年4月から65年2月まで、美能組幹部・亀井貢射殺事件をきっかけに呉と広島で繰り広げられた「第2次ピストル事件」を綿密に取材。
たびたび現場でヤクザに取り囲まれる一方、パトカーに同乗したり、取調室で尋問に立ち会ったり、文字通り身体を張って事件を追いかけている。
本書に書かれた事件の数々は『仁義なき戦い』では「広島第3〜4次抗争」として描かれており、当然のことながら、映画のエピソードと重なっている部分もそこここに散見できる。
ただし、だから映画を思い出しながら楽しく読めるわけではない。
本書に登場するヤクザは東映の役者のようにカッコよくもなければ愛嬌があるわけでもない。
徹頭徹尾、自分たちの利害打算によってのみ動き、ニヤニヤ笑いながら新聞記者を脅し、何の罪もない市民からも金や財産を巻き上げる「町のダニ」だ。
『仁義なき戦い』の主人公・広能昌三のモデルが美能組組長・美能幸三であることはよく知られているが、本書によれば「幸三」はいわゆる〝極道名〟で、本名は「武雄」。
人物像も、映画で菅原文太が演じたカッコいいキャラクターとは随分違う。
シリーズ2作目以降の広能は一種の狂言回しで、山守義雄(金子信雄、モデル:山村辰雄)と打本昇(加藤武、モデル:打越信夫)と一定の距離を置いて両者の抗争をクールに眺めている。
が、本書によればまったく逆で、打越会の背後の山口組の意向を受け、山村組との抗争を積極的に煽っているのだ。
そればかりか、戦後は呉に「美能御殿」と呼ばれる3階建ての豪邸を建てながら固定資産税を収めていないことを中国新聞に告発されている。
あげく、脱税容疑で逮捕され、札幌・網走刑務所に8年収監されているのだから締まらない。
当たり前のことではあるが、東映ヤクザ映画の真相なんてこんなもんだよ、ということが実感としてよくわかる1冊。
本書は出版当時、NET(現テレビ朝日)によって同じタイトルでテレビドラマ化され、大変好評を博し、続編も作られた。
ただし、正統的なノンフィクションとして読むと、構成や文章に欠点がないわけではない。
一番の弱点は、「私」という一人称を使っていながら、作品中ではその「私」をはじめ、取材する側の名前、年齢、記者としてのキャリアなどが完全に伏せられていること(菊池寛賞受賞後は中国新聞の今中亙が月刊文藝春秋に実名を出して手記を寄稿している)。
局長、部長、デスク、記者、カメラマンの会話にしても、全員が匿名で、実際のやりとりを脚色していることは明らかだ。
ヤクザ側の名指しや報復を避けるためのやむを得ざる措置だったのかもしれないが。
2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録
30『誇り高き日本人 マルカーノ選手』藤井薫(1979年/恒文社)
29『ブルース・リー伝』マシュー・ポリー著、棚橋志向訳(2019年/亜紀書房)
28『タイムマシンのつくり方』広瀬正(1982年/集英社 集英社文庫)
27『時の門』ロバート・A・ハインライン著、稲葉明雄・他訳(1985年/早川書房 ハヤカワ文庫)
26『輪廻の蛇』ロバート・A・ハインライン著、矢野徹・他訳(2015年/早川書房 ハヤカワ文庫)
25『変身』フランツ・カフカ著、高橋義孝訳(1952年/新潮社)
24『ボール・ファイブ』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1979年/恒文社)
23『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』クリストファー・リーブ著、布施由紀子訳(1998年/徳間書店)
22『ベストセラー伝説』本橋信宏(2019年/新潮社 新潮新書)
21『ドン・キホーテ軍団』阿部牧郎(1983年/毎日新聞社)※
20『焦土の野球連盟』阿部牧郎(1987年/扶桑社)※
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)※
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)