『誇り高き日本人 マルカーノ選手』藤井薫

恒文社 第1版第1刷:1979年3月31日 定価980円/古書

ボビー・マルカーノはわれわれの世代の広島カープファンにとって忘れられない助っ人(昔は外国人選手をそう呼んだ)である。
カープが初優勝した1975年、日本シリーズで1勝もさせてもらえなかった阪急ブレーブスの主力選手だったんだから。

マルカーノはその75年に阪急に入団し、巧打好守の二塁手としてクリーンアップの一翼を担った。
82年まで7年間、阪急で活躍したあと、83年からヤクルトに移籍して3年間プレーしている。

セ、パ両リーグの所属球団で打率3割をマークしている外国人はそんなに多くはいないはず。
マルカーノが阪急からヤクルトにやってくると、当時カープの正捕手だった達川光男さんが打ち取るのに困り、西武でコーチをしていた森祇晶さんに教えを請いに行った、という話は拙著『キャッチャーという人生』に書きました。

そのマルカーノは阪急時代、「自分の曽祖父は日本人だったと父親に聞いた」と発言しており、スポーツ新聞にも報じられた。
すると、長崎の天草に住む浦本一市という男性が、「あなたの曽祖父は私の祖父の弟、山田万造のことではないか」という手紙をマルカーノに送り、今度はそれが読売新聞の記事になった。

果たして、本当にマルカーノの曽祖父は日本人だったのか。
興味を抱いた著者が、週刊ベースボールの連載の仕事でマルカーノ本人にインタビューしたところ、「私の曽祖父はトモウラという日本人で、サーカスをやっていたそうだ」という返事。

これを聞きつけたベースボール・マガジン社の池田恒雄社長が、「ぜひマルカーノのルーツを探ってみてほしい」と著者に依頼。
著者は天草で浦本氏と浦本家ゆかりの人たちに取材したあと、マルカーノの母親に会うため、ベネズエラへ飛ぶ。

大変貴重な仕事であり、ベネズエラ在住日本人社会の長老がマルカーノの曽祖父と思しき日本人について打ち明けるくだりも実に興味深い。
しかし、著者がノンフィクション専門のライターではないからか、事実の記述やディテールの積み重ね方がいささか乱雑。

日本からベネズエラへ行くまで、生まれて初めてひとりぼっちで海外へ取材旅行するのがどれだけ心細かったか、延々20ページ近くも語るなど、本筋とは関係のない独白も多過ぎる。
一応、読んだだけの甲斐はあったが、結論である〝マルカーノのルーツ〟に行き着くまでは退屈だった、と言わざるを得ない。

2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

29『ブルース・リー伝』マシュー・ポリー著、棚橋志向訳(2019年/亜紀書房)
28『タイムマシンのつくり方』広瀬正(1982年/集英社 集英社文庫)
27『時の門』ロバート・A・ハインライン著、稲葉明雄・他訳(1985年/早川書房 ハヤカワ文庫)
26『輪廻の蛇』ロバート・A・ハインライン著、矢野徹・他訳(2015年/早川書房 ハヤカワ文庫)
25『変身』フランツ・カフカ著、高橋義孝訳(1952年/新潮社)
24『ボール・ファイブ』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1979年/恒文社)
23『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』クリストファー・リーブ著、布施由紀子訳(1998年/徳間書店)
22『ベストセラー伝説』本橋信宏(2019年/新潮社 新潮新書)
21『ドン・キホーテ軍団』阿部牧郎(1983年/毎日新聞社)※
20『焦土の野球連盟』阿部牧郎(1987年/扶桑社)※
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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