『ボール・ファイブ』ジム・バウトン

I’m Glad You Didn’t Take It Parsonally
恒文社 347ページ 翻訳:帆足実生 第1刷1979年6月20日 定価1500円 
原著発行1971年

先月、80歳で亡くなった元大リーガーにして作家、俳優、スポーツキャスターのジム・バウトンが1971年に上梓した2冊目の著作。
バウトンの現役生活中に出版されたデビュー作で、〝暴露本の古典〟とも言われる『ボール・フォア』(1970年/邦訳1978年)の続編である。

前作ではミッキー・マントルやクリート・ボイヤーなどヤンキースのスター選手が続々と登場し、彼らの知られざる素顔やクラブハウスでの雑談、グリーニーの濫用ぶりや酒色にまつわるエピソードが赤裸々に描かれていた。
本書はその前作がどのような反響を巻き起こし、著者バウトンの身にふりかかった数々の反響や非難が綴られている。

読み物としてのインパクトは前作には及ばないが、「バウトンは社会にとっての癩病患者になってしまった」という当時のスポーツライターの大御所ディック・ヤングの書評に始まるマスコミと球界の罵詈雑言はなかなか凄まじい。
これを受けてバウトンが自分の半生を率直に語った第11章「社会的癩病患者をつくる法」もなかなか読み応えがある。

とくに、私も著作を読んだことがある当時のアメリカの代表的スポーツライター、ロジャー・カーンやロジャー・エンジェル(本作の訳ではアンゲル)がそろって『ボール・フォア』をこき下ろしていたとは意外だった。
バウトンによれば、彼らライターは自分たちが構築してきたきれいごとの世界が『ボール・フォア』によって木っ端微塵にされ、なおかつ野球関連書籍の代表作とされるほどのベストセラーになったことが気に入らなかったのだ、そういう本は自分たちが書くべきはずだったのに、バウトンごときにしてやられたことが腹立たしくてならなかったのだ、という。

バウトンが第5代MLBコミッショナー、ボウイ・キューンに呼び出されるくだりでは、選手会委員長マービン・ミラーが同席してバウトン擁護論を展開。
ミラーはメジャーリーグにフリーエージェント(FA)制度を導入した人物で、これを阻止しようとして選手会と対立していたキューンにとっては不倶戴天の敵でもあった。

いまや歴史の彼方に遠のきつつあるメジャーの裏面史が生々しく描かれているという意味では大変興味深い一冊。
もっとも、すでに半世紀近くも前の作品なので、21世紀以降の野球しか知らない最近の読者には本書のリアリティは理解できないかもしれない。

2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

23『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』クリストファー・リーブ著、布施由紀子訳(1998年/徳間書店)
22『ベストセラー伝説』本橋信宏(2019年/新潮社 新潮新書)
21『ドン・キホーテ軍団』阿部牧郎(1983年/毎日新聞社)※
20『焦土の野球連盟』阿部牧郎(1987年/扶桑社)※
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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